2020年5月20日水曜日

普通の人々の戦い


おはようございます。本日は、21期生の早川健治氏が翻訳した本を、氏自身が紹介してくれます。このたいへん興味深い書の最適の紹介です。何よりも分かりやすいです。健治君、ありがとう!氏はダブリン在住で「Translator of Books.本の翻訳家」さんです。

今はヤニス・バルファキス著『Global Minotaur』の和訳や多和田葉子著『変身のためのオピウム』の英訳に取り組んでいます。(バルファキスの他の本を、5/12に高3の「高秀君」が紹介しています。こうして、在校生と卒業生が思いがけない形でつながっていくのも面白いですね。)

『普通の人々の戦い』アンドリュー・ヤン/著 早川健治/訳 那須里山舎 (2020/3/9)です。

〇 アメリカ大統領候補者が書いた本作品は、「現代社会の諸問題の本質は何か、その解決策は何か、その解決策を実施する道はあるのか」という、自森生にとっては馴染み深い問題意識にもとづいています。扱われているテーマは「普通の人」の定義から医療や教育、テクノロジーやジェンダー、民主主義のあり方等々、実に多岐に渡ります。ブログ記事でそのすべてを取り上げるのは無理なので、ここでは「仕事」というテーマから本作品への入り口を探してみましょう。

仕事とは何でしょうか。一案として、以下の定義が考えられます。
(1)仕事とは、他の人や社会に役に立つ活動である。
(2)仕事とは、お金を稼ぐためにする活動である。

さて、人間にとって肝心なのは、衣食住が万人に行き渡っているか、人々の心身の健康は保たれているか、芸術・芸能や科学といった表現・探究活動の場は設けられているか、自然環境と人類はうまく共生できているかといったことでしょう。対して市場にとって重要となるのは、利益があがっているか、株価は伸びているか、事業の成長性や競争力は高く保たれているかといった問題だと言えます。

今の社会が息苦しい理由の一つとして、(1)と(2)が両立されるような職業がますます減ってきているという点が挙げられます。例えば、衣食住の生産に関わるほとんどの仕事―農地や工場での労働からトラックや電車の運転手といった流通の仕事まで―や教育や医療の現場でのいわゆる「ケアワーク」などは、他の人や社会にとって実に役に立つ活動であるにも関わらず、市場価値が比較的低く、雇用形態も往々にして不安定であることが多い。またおそらく人間にとって最も普遍的で価値が高い仕事である「主婦」「主夫」にいたっては市場価値がゼロです。

つまり、現代に生きる「普通の人々」は往々にして(1)と(2)のどちらかを選べという不毛の選択を迫られているのです。ある程度豊かで安定した生活を送るためには、人間の本来の価値に背く行為も引き受けなければならない。逆に人間社会にとって有益な活動に従事するためには、自分の収入や将来を犠牲にする覚悟で臨まなければならない。(1)と(2)を見事に両立させる人もいますが、それはむしろ例外であり、アンドリュー・ヤンの言葉を借りるならば「成功者一人の後ろに救いを求めて一万人が列を作って待っている」のです。

この状況を打破するには「人間の価値を市場価値で測らなくてもよい社会」を実現すればよい。アンドリュー・ヤンはこれを「人道資本主義」と呼んでいます。「耳当たりは良いが、ではどうすればそのような社会が実現できるのか。現実的な道筋を示さない限り、単なる大言壮語ではないか」という反論はありえます。とても良い反論です。この反論への応答こそ本作品です。

「仕事」という角度から本作品への入り口を一つ示しましたが、これに限らず様々な視点から多くの収穫が期待できる一冊です。ぜひ手にとって読んでみて下さい。

※   本書は、氏からの寄贈で図書館にあります。健治君、重ね重ね、ありがとうございます!
早川氏の現在 https://kenjihayakawa.wordpress.com/