2020年6月30日火曜日

予告された殺人の記録


おはようございます。今日は、6/7、6/14に登場した29期生の牛田悠貴さんの「現代ラテンアメリカ文学・紹介」の第3弾です。ありがとう!うっしー。皆さん、どうぞご覧ください。

『予告された殺人の記録』ガブリエル=ガルシア・マルケス/著 新潮文庫

コロンビアの作家、ガブリエル=ガルシア・マルケスの中編小説、『予告された殺人の記録』を読みました。なんだか推理小説っぽいタイトル。

 “自分が殺される日、サンティアゴ・ナサールは、司教が船で着くのを待つために、朝、五時半に起きた。(8ページ)”

こんな一文から始まります。さぁ、犯人は誰かな?なんて、頭を働かせてる人もいるかも知れません。しかし!なんと20ページ目くらいであっさりと犯人は分かってしまうんです。推理小説ではないのか!!

残り120ページくらい、この殺人についての色々な人たちの証言が永遠と続きます。ナサールとはどんな人だったのか。なぜ殺されなくてはならなかったのか。どうして未然に防ぐことが出来なかったのか。

まあそれだけではなくて、合間合間に興味深い別次元(?)のエピソードも入っているのですが...。それでも、やはり物語の本流は、このナサール殺害に関する色々な証言ということになります。

さて、ガルシア・マルケスという作家の凄さのひとつは「語り」であると言われています。
この小説では、ナサールの親友でもあり、その彼を殺した人物の親戚でもある「わたし」が語り手です。

「わたし」が、様々な人物からナサールの死に関する証言を集めていく中で、読者もその事件の全貌が掴めてくるのですが、同時に不自然なこともいくつか浮かび上がってきます。

そのうちのひとつが、それがナサール本人以外のほとんどの町の人には、あらかじめ「予告された殺人」だったことです。犯人はナサールを殺す前から「ナサールを始末する」とありとあらゆる周囲の人物に言いふらしていました。

にも関わらず、それは止められることなく実行されてしまうのです。なぜか。

それを考えるという点では、ある意味推理小説的でもあるのかも知れません。でもそれを考えるというよりも、とにかく語りの中に没入させられてしまう感覚を楽しむのが、まずおすすめです。

挫折ポイントをもし挙げるとするなら、人物名の複雑さと、その多さだけかなという感じです。でも、あまりしっかり覚えようとしないでも楽しめると思います。140ページほどの中編でこれくらい揺さぶられるのはすごいです。

ガルシア・マルケス本人も「自身の最高傑作である」と言っているんだとか。でも納得。

世界的な評価からすると『百年の孤独』が代表作とされていますが、そっちは中々分厚くて読むのに体力が必要かも知れません。「分厚い本はちょっと…」っていう人は、こちらの『予告された殺人の記録』から入るのがおすすめです!是非!

2020年6月29日月曜日

共感の喪失~二人の「怪物」の物語~


おはようございます。今日の「図書館ブログ」は、「2020年本屋大賞翻訳小説部門第一位受賞作」の韓国YA小説『アーモンド』です。どうぞ、お楽しみください。

『アーモンド』ソン・ウォンピョン/著 祥伝社

扁桃体(アーモンド)と呼ばれる部位は人の不安や恐怖といった感情に深く関わっています。

生まれつき脳内の扁桃体が小さく、怒りや恐怖といった感情を感じられず、他人の感情も分からない失感情症と診断された16歳の主人公・ユンジュと、物心もつかないうちに親とはぐれ、不遇な境遇から激しい感情のまま暴力的に行動する同年のゴニ。

ユンジェは生まれつき扁桃体が小さく、恐怖や不安を感じることができず、喜怒哀楽を表せません。通り魔に襲われて祖母が殺され、母が植物状態になっても感情を表すことはありませんでした。そんな「怪物」ユンジェがゴニと呼ばれる少年と出会い、二人の運命は大きく変わっていきます。

ゴニは幼少時に親と生き別れてから家、家族、施設を転々とする中で、弱く優しい心を隠し、強さを志向し暴力でのみ世界とつながる「怪物」になった。ゴニはユンジェに暴力を振るいますが、恐怖を知らないユンジェは興味からゴニと関わり続け、二人の間に友情のようなものが生まれてきます。

しかし、学校での孤立や父との不和は、ゴニの孤独を一層深め、傷ついた魂は悪への道を突き進んでいきます。ユンジェはゴニを救い出そうとしますが、その先には大きな悲劇が待ち受けていました――。

それぞれ違った意味で「怪物」と呼ばれる二人が、様々な出来事を経験し、相互に失ったものを取り戻しながら成長していく物語です。

ユンジュの眼に映る感情の無い世界が、それ故に乾いたユーモアを孕み、テンポ良く語られていく内に、「共感の喪失」という現代社会の問題を痛烈に照らし出します。

表紙のイラストが各章の扉を飾り、その頁の濃いグレーから白への変化も、読後の感銘と共に、心に染みてきます。

2020年6月28日日曜日

春に降り続ける雪


おはようございます。この「図書館ブログ」は4/26から始めましたが、例えば、これが3月上旬から始めていたら、こんな作品も紹介したと思います。一季節前の春の雪をお楽しみください。

『みつきの雪』眞島めいり/著 講談社

山村留学生として信州の村の小学校に都会からやってきた小5の行人(ゆきと)と、たった一人の同級生・満希(みつき)、二人の高3までの交流と成長の物語です。

物語は、高3の卒業式前日、みつきの語りから始まります。
・・・満希は地元で農家を継ぐことになり、行人は遠くの医大への進学を希望していました。卒業式前日、中学時代にふたりで訪れた村の図書館で、行人は山村留学を選んだ理由を満希に初めて語り始めます。それは、現在と過去の間の幾つかの場面をフラッシュバックして・・・。

訪れては去っていく留学生たちを見送り続けた満希の寂しさと、自分の居場所を求めて必死に耐えていた行人の孤独が交差します。

そんな二人の微妙な心の揺れや距離感、他者を想う濃やかな心遣いが繊細に描かれ、理解し合っていく相互の成長の軌跡が鮮やかに浮かびあがります。

最終章の
「ものの目覚めを助けるように、ほろほろと、春をめざしてやわらかく振り続ける」
・・・そんな雪の情景が限りなく美しく、幾たびも季節は過ぎても記憶のなかで繰り返し想起されるだろう光景というものがあるのだと感じさせます。

2020年6月27日土曜日

人種差別について考える本


おはようございます。17期生の山口洸さんが、前回6/8に続き、再び寄稿してくれました。洸君、ありがとう!今回は、人種差別について考えるキッカケとなる本、三冊の紹介です。 どうぞ、ご一読ください。

〇 私が自由の森学園で初めて歌ったのはTHE BLUE HEARTSの「青空」でした、みなさんはどうでしたか?
曲のサビに「生まれたところや皮膚や目の色で いったいこの僕の何がわかるというのだろう」という歌詞が出てきます。これは人種差別への皮肉というのが私の解釈ですが、なぜ曲の後半にバスが出てくるのか長いこと分かりませんでした。

そんな事もすっかり忘れていたある日、私はアメリカの博物館で1台のバスに出会います。これは1955年にローザ・パークスが逮捕され、モンゴメリー・バスボイコット運動の発端になったバスでした。この運動はアフリカ系アメリカ人公民権運動へと発展していきます。
そのアメリカではいま、ミネソタ州でジョージ・フロイドさんが警察官に首を押さえつけられて死亡した事件を発端に、人種差別への抗議が大きなムーブメントなっています。
今回は人種差別について考える入口になるような本を3冊紹介しようと思います。

『ザ・ヘイト・ユー・ギヴ』アンジー・トーマス/著 岩崎書店
ずいぶん刺激的なタイトルだなと思って手に取りましたが、内容もなかなか刺激的な小説です。
物語は16歳の女の子、スターの視点で進んでいきます。黒人(あえてこの言葉を使います)の彼女は低所得者層が暮らす地域に住んでいますが、裕福な白人が多く集まる私立学校に通学しています。スターは価値観が異なる2つの世界を行き来する自分を自覚しながら、うまくやろうと気丈に振舞っています。
そんなある晩、幼馴染のカリルが眼の前で警官に射殺されてしまいます。警察は無抵抗のカリルを撃った行為を正当化するため、少しずつ事実を捻じ曲げていきます…。
この小説にはアメリカで暮らす黒人がどんな差別や格差を抱えて日々を生きているか、本当に細かく描かれています。当事者でなければ理解できない事は沢山あります。それでも他者の気持ちを想像するのは人種差別を考える過程でとても大事なことです。
(※ この本の書影の貼り付けはできませんでした。)

「GO」金城一紀/著 角川文庫
私が子どものころに住んでいた街には日本で最も古い歴史を持つ「東京朝鮮中高級学校」がありました。ですから私が初めて認識した国境は北朝鮮との間にあり、差別がどういうものか日常で体験することになります。これはそんな時に出会った小説です。
日本で生まれ育った<在日朝鮮人>の杉原は民族学校という世界から脱けだし、<在日韓国人>に国籍を変え日本の高校に入学します。それは孤独な選択で、かつての仲間や先生からは裏切り者と呼ばれ、いまのクラスメートは怖がり誰も話しかけてきません。大事なものを失い、理不尽な世界に傷付けられ、それでも拳を出し戦いつづける姿はとにかくカッコイイ。そして忘れてはいけないのが、これは彼の恋愛に関する物語です。
2001年に映画化され注目を集めましたが、そのころにはチマ.チョゴリを着て通学する生徒を見かけることはなくなっていました。この小説は日本に人種差別が存在するというのを強く思い出させてくれます。

『娘に語る人種差別』タハール・ベン・ジェルーン/著 青土社
上記の2冊は小説(フィクション)だったので、最後の1冊は海外における人種差別の歴史、あるいは国内の人種差別を扱う本を選ぼうと考えていました。しかし最終的に手元に残ったのは哲学書に近いこの本でした。
この本は著者が父親として10歳の娘に人種差別について話をするという形式をとっていますが、それは一方的な教えではなく対話として展開していきます。難しい単語や複雑な考え方は出てきません、シンプルな言葉と明確な道筋に沿って議論が進んでいきます。私はこれほど分りやすく人種差別を説明する本を他に知りません。
出版されたのは1998年ですが、22年経ったいまでも違和感なく読めるのは、人種差別の本質が変化していないという事を意味しています。原因も解決方法も明確です、しかし差別はいまだに無くならないというのが人種差別の難しさなのかもしれません。

最後に小説から少しだけ文章を借りようと思います。
“日本から北朝鮮まで、飛行機ならどれぐらいで行けるだろう?二時間?三時間?僕は同じぐらいの時間を使って、韓国には行ける。でも、北朝鮮にはいけない。何がそうさせるのだ?もとを糺せば、韓国だって北朝鮮だって、ただの陸地じゃないか。何が行けなくしてるのだ?深い海か?高い山か?広い空か?人間だ。クソみたいな連中が大地の上に居座り、縄張りを主張して僕を弾き飛ばし、叔父と会えなくしたのだ。信じられるかい?”

2020年6月26日金曜日

結末のない旅


おはようございます。本日は、今春卒業した33期生君からの紹介です。寄稿、ありがとうございます!とても興味深い一冊です。どうぞ、ご一読ください。

『結末のない旅』関野吉晴/著 武蔵野美術大学出版局

いま尚、スケールの大きさに関わらず「差別」は存在する。

アメリカでは、その歴史の中で「人種差別」はなくなっていないし、日本社会においても大多数が形成する世論から外れたものは、「差別」の対象になりうる。肌の色の違いによる差別や、障がいを持つ方への差別、貧困層への差別、個々人の胸の内に、言葉の裏側に、無意識な行動のうちにも差別や偏見は「存在」する。

その中の一つに、今ではほとんど語られない「部落差別」というのがあるのを、ご存知だろうか。舞台は東京都墨田区、木下川。古くから皮のなめし工場で栄え、現在は不況により衰退を強いられている街だ。

この「結末のない旅」はその木下川にあるとある工場で著者が体験労働をしながら、「今」の姿とこれまでの「物語」を追う。

題にある通り、この問題一つとっても、複雑な問題が絡み合い、人々の意識の中に根付いている差別。差別解決への道のりは、答えが簡単には出ない「結末のない旅」かもしれない。しかし、まずそうした現状があることを知るところから、全てが始まるのだ。

※この本は、市販はされていません。お問い合わせは、武蔵野美術大学出版局へ。

2020年6月25日木曜日

主人公はモブキャラ


おはようございます。今日は、ある日突然1日をループするという訳も分からない状態に投げ込まれたモブキャラ主人公(高2)が、仲間を得て日常を取り戻すために謎に立ち向かうという話。主人公がモブキャラってユニークでしょう。どうぞ、お楽しみください。

『ループ・ループ・ループ』桐山徹也/著 宝島社文庫 (2020/4)

高校2年の11月24日、何でもないかに思える1日を繰り返していることに、郁郎は気付いた。11月24日が終わらない。だけど彼にはループ(繰り返し)を引き起こす出来事に心当たりがない。俺は多分モブキャラ(脇役の一人)として誰かのループに巻き込まれているのだ。彼にはこの物語の主人公ではなくモブキャラのようだと自覚がある。なぜループが起こるのか。郁郎は混乱しつつも、ある行動を起こしたことで、このループを知る仲間(玉尾さん、貴久、文太)を得て、彼らは日常を取り戻すために謎に立ち向かい、ループの原因の人物を探すことになる。

鍵を握るのは、1年前に起きた2つの「事件」。同級生女子が一人は自殺し、数日後もう一人は連続扼殺事件の犯人によって殺された。連続殺人事件とループの原因の因果とは。

ループに気付く法則、ときたま現れる長い黒髪の女子、しかも、ループに気づいているのは主人公たちだけではなく実は——身近に潜む連続殺人犯。

繰り返しの日常描写をしっかりと考えることである違和感に気づく。その違和感からいくつかの推測ができる。少しずつピースが提示され、ループのたびにパズルが組み立てられていく。

主人公がある瞬間にループしていることに気づき、自分を誰かのループに巻き込まれた「モブキャラ」と自覚しながらもとりあえず行動していくところの「巻き込まれ・モブキャラ目線」の斬新さ、また、彼が事故や怪我の関わるトラブルから助けることで、普通なら知り合うことすらなかったであろう他者が、「時間ループに気づいた仲間」として増えていくことの幸福感。そして、ループの真相である-、ある女子高校生のある男子高校生への「優しい呪い」の切なさ。

本書は、高校生たちの学校を舞台とした、“巻き込まれ"ループ・青春ミステリーである。

2020年6月24日水曜日

母語の檻


おはようございます。今日は、高3の「晃生」君からの紹介です。晃生君、3回目の寄稿、ありがとう!前前回5/14は内田樹の本、前回5/19はSF、そして今回は再び内田 樹さんの本です。正確に言うと、内田樹さんの『サル化する世界』を読んで、晃生君が「母語」について考えたことの紹介です。どうぞ、ご一読ください。

『サル化する世界』内田 樹/著 文藝春秋 (2020/2/27)

「母語の檻から出るには二つの方法があるよ。一つは外国語を学ぶこと、一つは母語を共にする死者たちへの回路をみつけること」

内田樹は「サル化する世界」の中でこんな事を言っています。今回はこの文について自分の考えを書かせてもらいます。

いきなり、母語の檻だなんて言われてもなんのこっちゃとなる人と、言葉にはしたことがないけれど薄々、自分がとらわれている檻みたいなものに感づいている人がいるだろうと思います。気になる人はこのまま読んでみてね。

私達は日本人だから母語は日本語です。というのはもはや古い考えです。母語はその人が最初に学んだ言葉、母国語はその人の出身国の言葉です。厳密には違う意味になるので混同しないように。

少し考えてみてください。外国で産まれ、日本で育った場合と、日本で産まれ、外国で育った場合この両方が日本人になり得ます。

前者の場合、母語の日本文化的背景がその人を形作っている訳ですが、後者の場合、その人は例えば母語のアメリカ文化的背景を持った日本人になる訳です。どちらも全く同じ日本人なのでしょうか。

挨拶にハグを求めてくる日本の人、僕は未だに少し違和感があります。ここで国籍の定義には社会的側面を判別するものと、集団において、文化的側面を判別する二つの形がある事を理解してもらわないと差別的な発言と捉えられてしまうかもしれません。ハグ男は社会的には日本国籍であるけど文化的には欧米的な人と言えるでしょう。そういった人が現在の普通なのです。

母語の文化的背景というものが分かりづらいかもしれません。が僕はさっき、ハグ男という新語を使いました。恐らくこれを読んでる人の多くはそこに突っかかる事なく意味を理解してくれたのではないでしょうか。造語センスは置いておいてです。

実は今のような新語(ネオロジスム)を作ることができるのは母語においてだけ。と内田樹はこの書籍の中で言っています。何故、意味が通じるのか。この新語が個人の思いつきではなくて、母語の深いアーカイブの底から浮かび上がってきた、つまり創造した概念ではないからですね。興味のある方は詳しく書いてあるのでサル化する世界を読んでね。

前置きが長くなりましたが、今回ここで提示したいのは母語の檻についてです。

新入学生の人はこの学校の日本語科という課目名について疑問を持ち、授業でそれは何故なのか、考えさせられたのではないでしょうか。僕はそうでした。その時僕が出した答えは、日本語は国語であるけれど、一歩国から出て、外国という視点を取り入れればより、広い視点で日本語を考えられるからだと思っていました。今でもそんな感じで思っていますが、新しく考えた事を付け加えようと思います。それは自分というマイノリティの概念です。

外側に出ることと共に内側に踏み込む事も大切ではないでしょうか。私たちは日本語を使って自由にコミュニケーションをとっているつもりでいますが、新語(ネオロジスム)の件でも出たようにそれらは全て概念から既製品である事を忘れてはいけないのです。国語という輪っかもしくは檻から抜け出しそれを日本語としてみることで、自分という内部とその他の言語が外部と区別されます。死者というのは蓄積された日本語の文化です。それと距離を置くことで言葉には表せないような檻から抜け出すための回路が出てくるはずです。つまり、言葉化できない概念を得るための視点が国語を日本語と言い換えることと繋がっているのではないかと思います。

これは内田樹がいう母語の檻から出る方法の二つ目ですね。もう一つの外国語を学ぶことについては自身で考えてみて欲しいです。

ちなみに「サル化する世界」ではもっといろんなことについて触れています。この人はとても思考の幅が広いです。自森の生徒と教員は内田樹の書籍を必読すべきです。

2020年6月23日火曜日

LGBTQを扱ったユニークな設定のYA小説


おはようございます。今日は、ユニークな視点からのLGBTQとYAの成長を描いた本を紹介します。どうぞ、ご覧ください。

『兄の名は、ジェシカ』ジョン・ボイン/著 原田勝/訳 あすなろ書房(2020/4)

本書は、性別に違和感のある17歳の兄と家族のありようを13歳の弟の目線で語る独特な物語です。

4歳年上のジェイソンは、13歳のサムの自慢の兄です。おだやかでやさしくて、忙しい両親にかわって、小さい時から困難を抱えたサムの面倒をよくみてくれました。サッカー部のキャプテンで、学校ではみんなの人気者。だけどこのごろ、少し様子が変わったみたいです。

ジェイソンはある日、自分はトランスジェンダーであり、男であることが耐えられない、と家族の前で告白します。大好きな兄の変化にサムはとまどい、閣僚の母親、その私設秘書を務める父親はうろたえます。両親は子どもたちを愛しているのは間違いありませんが、LGBTQは「治すべき病気」という偏見から自由ではありません。政治的野心のため世間体を取り繕うことにも余念が無いです。そんな家族の間で悩み苦しむジェイソンは家を出て…おりしも現首相が退任し、サムの母親は有力な次期首相候補になるはずだったのですが、家を離れたジェイソンのことが首相候補の母への攻撃材料となり、マスコミに取り上げられ、・・・。

ジェイソンにはローズおばさんという理解者が現われ、世間に追い詰められたギリギリの状況で父母が選択した判断により彼は受け止められ、そして、サムも、最終的に「兄さんの名は、ジェシカだ」と言えるようになります。

主人公は、政治的に多忙な両親に放置され、オペア(家事や子守を手伝う住み込みの留学生)や兄により世話をされてきた難読症でもある弟のサムです。彼は、サッカーが上手で人気者、憧れのかっこいい兄への強い依存で生きてきました。それだけに、その兄が、髪をポニーテールにして、女らしい服装にしているのを嫌がりますが、彼も彼自身の初恋も含めた成長を通して、変わっていきます。

生物学的な性、社会的な性、そして本人が自覚する性の問題を、何よりも、身近な人、愛する家族が心と身体の不一致の問題を抱えて悩み苦しんでいると知った時、私たちはどうすればいいのか?という問題を、わかりやすく、誠実に、そして、ユニークな存在であるサムの目線で、真っ正直であるがゆえに痛烈な批評も生む、彼のコミカルな口調で、語られています。

2020年6月22日月曜日

食べ方図説


おはようございます。今日は、4期生の榑松泰樹さんのご寄稿です。榑松さん、ありがとうございます。同人誌は初めての紹介、しかも、崎陽軒シウマイ弁当の食べ方です。「お弁当の食べ方には人それぞれの『ストーリー』が存在する」。なるほど!です。どうぞ、ご覧ください。

『食べ方図説 崎陽軒シウマイ弁当編』発行人:市島晃生 発刊ペース:半年に約1回

弁当とは計画性である。おかずとご飯は量が決まっており、家庭の食事の様に追加ができない。しかし食べ方は自由である。

弁当の食べ方は食べる人の人柄や思想、食べ物に対する考えなどで大きく変わる。好物に真っ先に手をつける人、最後に取っておく人、コース料理のように前菜、メインと分けて食べる人など、お弁当の食べ方には人それぞれの「ストーリー」が存在する。

特別意識していなくても「先ずは野菜から」「お握りをひと口頬張ろう」「メインの肉をひと齧りしてからご飯を頬張ろう」と考えて口に入れ、味わいながらもその瞬間に次は何を食べようかと考えているのである。

その日常では語られる事のない人それぞれの「ストーリー」を記したのがこの「食べ方図説 崎陽軒シウマイ弁当編」である。この本は様々な人がシウマイ弁当を食べるとき、何を考え、どの順番で箸をつけるのか、それを解説した本である。

シウマイ弁当の食べ方は人それぞれで千差万別である。最初に手を付けるのは何か?締めはどうするか?どのシウマイから手を付けるか、漬け物やシウマイ以外のおかずはどうするのか、干し杏子は箸休めかデザートか。弁当の数だけストーリーがあり、それぞれの考え方が大きく反映される。弁当を食べるということは、それだけで「個性」なのである。

もちろん弁当は「好きに食べればいい」のだが、食べる順番には「貴方が何をしたいのか?」が最も色濃く現れるところ。たかが食べ方、されど多くの個性や考えがある「食べ方」は実に奥が深いのだ。

2020年6月21日日曜日

「紅型(びんがた)」で描かれた沖縄の海の世界


おはようございます。今日は、沖縄の伝統染色「紅型(びんがた)」で全ページが描かれた海の世界の絵本です。9期生が描いています。どうぞ、お楽しみください。

『やどかりの夢 (CD付き絵本)』わたなべ なおか文 かめがい あすか・絵 やらだ出版(2016/3/20)

本書の絵を描いている、かめがい あすか(亀谷 明日香)さんは、9期生。沖縄本島南部の南城市在住の紅型作家さんです。

明日香さんは、自由の森学園在学中に一人旅で訪れた沖縄に夢中になり、移住を決意しました。卒業後に沖縄へ移住し、沖縄県立芸術大学伝統工芸課染織学科を卒業して、2007年に虹亀商店をオープンしました。

虹亀商店は、明日香さんがデザインしたオリジナル雑貨、手染め作品を販売する工房&ショップです。大好きな沖縄の自然や風景を、沖縄の伝統的染色「紅型-Bingata-」の技法を使って描き、作品作りをしています。高貴な染物として、一般的には手の届かなかった紅型染めを、もっとより多くの人に身近に感じて、手に取ってもらいたいという想いから、紅型染めの布小物や灯り、表札や店舗看板など、幅広い商品を全てオリジナルデザインで生み出し、販売しています。


明日香さんは、沖縄の生き物や植物をモチーフにし、沖縄の日差しに映える、鮮やかな色彩を追求しています。そんな彼女が描いた本書は、子どもから大人まで皆で楽しめる、宝箱を開けたような絵本。

海に生きるやどかりたちの貝の中に広がるのは 夢の世界。貝だと思い入った おやどは・・・?夢を失ったやどかりが みんなの愛とイマジネーション!のちからでおおきな夢を育みます。

沖縄の伝統染色「紅型(びんがた)」で全ページが描かれた海の世界がぐ~んと目の前に広がってきます。

朗読と音楽、海や川、水の音、沖縄の三線やウクレレと歌って踊れるCD付きなのも嬉しい一冊です。

2020年6月20日土曜日

17歳のロードムービー



おはようございます。今日は、岩波書店の海外YA小説翻訳シリーズである、STAMP BOOKSから、この一冊をどうぞ。

『コピーボーイ』ヴィンス ヴォーター/著 原田勝/訳 岩波書店

主人公のヴィクターは17歳。大学進学直前の夏は「メンフィス・プレス・シミタール新聞」で“コピーボーイ”として働いていました。

ヴィクターは、ある朝、スピロさんの死亡記事を見つけます。彼はヴィクターにとってかけがえのない友人でした。11歳の時にスピロさんと知り合い、それ以来、スピロさんは彼の吃音の価値観を変えてくれたり、「この世のすべてとそれ以上がある、本の中の世界」や「自分の道」を見つけることの大切さを彼に教えてくれたりしました。

ヴィクターはスピロさんとある約束をします。それは、スピロさんが亡くなったら「ニューオーリンズまで南下して、ミシシッピ川が海とひとつになる場所」、そこでスピロさんの考えた言葉、“学ぶ者・尽くす者・商う者・探し求むる者(魂の四分割)”を唱えつつ散骨することでした。

彼は両親の反対を押し切って、スピロさんとの約束を守るために行動します。まず、シミタール社の記者チャーリーさんの協力を得てスピロさんの遺灰を葬儀社から引き取り、さらにチャーリーさんの友人でニューオーリンズ在住のパットンさんを紹介して貰います。旅の準備を整え、早朝、両親に置手紙を残して、ヴィクターは助手席にタイプライター、そしてヘミングウェイの『老人と海』を連れに、600キロ余の旅に車で出発します。

ニューオーリンズやミシシッピ川に辿りつくまでの出来事、さまざまな人との出会い、特にそこで知り合った素敵な女の子フィル(フィロミーン)、そして、ハリケーンの猛威を経験します。

この一人旅から、ヴィクターはスピロさんの約束の真意やメッセージが何だったかを知ることになります。

メンフィスを舞台に吃音の少年ヴィクターのひと夏の成長を描いた『ペーパーボーイ』の続編。前作で自分の殻を破った主人公が、こんどは自分を取り巻く世界の殻を自分の力で破っていく物語です。 

2020年6月19日金曜日

首里城や琉球王国の歴史を知る


おはようございます。今日は図書館入り口のすぐそばにある「沖縄コーナー」から、興味深い、一冊の新刊を紹介します。どうぞ、ご覧ください。

『琉球という国があった (たくさんのふしぎ傑作集) 』上里隆史著 一ノ関圭イラスト 富山義則写真 福音館書店 (2020/5/5)

現在では、47都道府県のひとつにすぎない沖縄県ですが、昔は「琉球王国」という、王さまが国を治める独立国で日本とは別の国でした。琉球王国の成り立ちや那覇の繁栄、それらの背景について解説しています。

東南アジアの国々や、そのころ明と呼ばれていた中国を相手に貿易で大いに栄えていました。しかし、明治時代になると琉球王国の王様は、東京に連れて行かれ、「琉球王国」は廃止されました。

琉球王国が繁栄した陰には、明が琉球王国を破格に優遇したという事があります。では、なぜ小さな島国の琉球王国を、大国明はそんなに優遇したのでしょうか。

昔々の沖縄の歴史をたどり、その秘密にせまります。

ルビもふってあって読みやすく、しかも、しっかりと琉球史研究を踏まえたものになっています。人種・民族が入り乱れた那覇の賑わいや、ジャンク船上での倭寇との戦闘など、生き生きとして鮮やかなイラストは眺めているだけで面白いです。美しい海や首里城の写真とともに。

この絵本は、2019/10/31の首里城での火災を機に、「いま、首里城や琉球王国の歴史を知るため、良い入り口になる本」として刊行されました。売り上げの一部が、首里城基金に寄付されます。

2020年6月18日木曜日

生活をつくる、充実感


おはようございます。今日は、ミュージカル俳優の5期生金澤博さんの登場です。カナキン、ありがとう!すんごく嬉しいです。人もその生活も、生み出されるモノ全てが面白いと、金澤さん絶賛の「こばやしゆう」さんの本です。どうぞご覧ください。

『こばやしゆうのつくる暮らし。』こばやしゆう/著 エイ出版社 (2012/6/5)

はじめてこばやしゆうさんの作品を見たときには衝撃を受けた。

まず、それが何だかわからなかった!さわってみたら、それは焼きもので、しかしまあ木彫りのような、子供の泥細工のような、自由な物体だった。

しかも!おもい!でもそれは、何かを飲むためのカップなのだった。これに飲み物を満たしてしまったら、果たして誰が持ち上げられるのだ?

大きさといい重さといい、こんなものを使いこなせるのは僕しかいない!と思い、なんだか楽しくなった。

僕は体が大きいのだ。そして、たくさん飲み物を飲む。すぐさま僕はそれを購入した。

人伝に聞くに、どうも魔女らしいとか、浜辺で一人で住んでいるらしいとか、ふらっと世界へ旅に出てしまうらしいとか、昔の物語の登場人物のような話ばかり。

それから時が流れ2016年。ついにその時がきた。

出演するミュージカルのために大阪に住んでいた僕は、京都での個展に駆けつけた。

僕らには、複数の共通の友人がいたようだった。初めてお目にかかったゆうさんとは、旧知の仲のように時間を過ごしました。

ゆうさんは僕が出演している舞台が観たいとのこと。丁度魔女が出てくるミュージカルなんですよ、ゆうさん。魔女が魔女見物とは面白い。

そんなことをしているうちに、お互いの家を訪ね合うように。

陶芸だけではないゆうさん。

人も最高に面白いのだけど、その生活が全て面白い。住まいは外側だけを大工さんに頼み、中身は全て自分で!家具も手作り。器はもちろん、服や、靴や、食べるものだって自分で作っている。目の前の浜辺には、たまに南の島から朽ちた木の船が流れ着く。それで、座り心地の良いベンチを作ったりする。

ゆうさんから生み出されるモノ全てが面白くて、ここ以外どこにもないモノで、ゆうさん以外作れないモノ。

文章にしてしまうと、なんだかスローライフみたいな、丁寧な暮らしみたいな印象かもしれませんが、それとは違う。

自分が作るモノを愛し、またそれを使っていく暮らしをゆうさんは愛しているようです。

絵本が読みたかったから、絵本を作ってみたの。着たい服がなかったから、ストールでワンピース作ったよ。流木を削ってお玉作った。暑い日は海の中で1日過ごすんだよ。というような、ゆうさんの1年間の暮らしが、季節ごとにおさめられた本です。

自分の生活を自分でつくりだすということ。自分でつくったものを使って暮らすということは、なんて楽しそうなんだろう。生活をつくる充実感。まずは、ゆうさんの本で体験してみてください。

2020年6月17日水曜日

色んな問題に向かっている漫画


おはようございます。今日は、5/2に登場した高3のるか君が再登場。「問答無用でレッテルを貼り付けてくる社会」との闘い方も教えてくれる漫画を紹介してくれます。皆さん、どうぞご覧ください。

『ブルーピリオド』山口つばさ/著 アフタヌーンコミックス 講談社

スクールカースト上位で、成績もよく、人当たりも良くて、充実した学校生活を送る主人公、矢口八虎。しかし、充実感と同時に、満ち足りたような自分の毎日にどこか空虚な思いも抱いていた。ある日、通っている高校の美術室にかけられた一枚の絵に、八虎は心奪われる。おもいきって、絵画の授業で“夜の渋谷”を今の自分の全力を投じて描こうとする彼は、そのうち本格的に“美術の世界”に飛び込んでいく。芸大受験スポ根漫画。

ゴツゴツとしたタッチが魅力の絵柄。主人公八虎の芸大受験への道と、ゲイでトランスジェンダーの八虎の親友が進む道の、二本筋が印象的なストーリーは、美術のノウハウだけではなく、問答無用でレッテルを貼り付けてくる社会との闘い方も教えてくれます。

この『ブルーピリオド』って漫画は、要するに、毎日充実して楽しい!みたいな・・・明らかに人生楽しんでいて何の苦もないような人が、実は苦しんでいて、空虚だなぁ・・・っていう毎日に、急に絵画っていう存在が降りてきて、絵画に出会って、絵画の世界に行きたいって思い始めた男子高校生が芸大受験を志す、という漫画です。

主人公が最初は人生をものすごく楽しんでいて、明らかにハッピーな方向に進むようなのに、急に絵も物語のトーンも落ちて、で俺には何もない・・・どうしよう・・・?みたいな展開となり、そうなんだ、実は彼はそう考えてるんだ・・・?と主人公の心境が僕には意外に感じられて。でも、その通りなのかな?と。

今の世の中「陰キャ」「陽キャ」とか、明るい人、暗い人・・・ネクラとかオタクとか・・・「陽キャ」は明るい人で・・・明るいっていうか、人生楽しそうな人で・・・。ポジティブとネガティブみたいな考え方があると思うんですけど、そういう人たちってそういうことしか考えてないんだろうなって、ポジティブな人はポジティブだけ考えているんでしょ、ネガティブな人はネガティブだけ考えているんでしょっていう考えで、でも、やっぱりポジティブな人はネガティブなことも考えるし、ネガティブだって思っているような人も時折ポジティブなことも考えるし、人って見た目だけじゃないんだなって感じられる、それぞれの人の思想が見える漫画だなって思いました。

色んな人の中に人生がいっぱいあるんだなって思えるような作品だと思います。

それは、絵画の面だけじゃなくて、表現っていう意味で、LGBTの問題、ゲイの方だとか、レズビアンの人だとか、ジェンダーに悩んでる人たちだとか、そういう人たちの問題を、主人公のヒロイン役・・・と見せかけて実は親友の男子がLGBT問題についてとか、漫画の中で俺ってこんな表現の仕方でいいの?とか、俺、男なのに男に告って、男だからって振られて、自分って何なんだろう?なんで絵画ばっかり描いてるんだろう?ってそういうシーンがあったりして。

とにかく、山口つばささんって作者の絵もそうなんですけど、この作品から「色んな問題に向かっているな」っていうのを感じられます。それでこの作品を薦めたいです。

2020年6月16日火曜日

中国からのSF『三体』


おはようございます。今日は、アジアから初めてSF最高賞のヒューゴー賞長編小説を受賞した作品『三体』です。6/5に登場した24期生の中島大地さんが紹介してくれました。大地さん、ありがとう!ちなみに、この作品の続編『三体2 黒暗森林』が、6/18、上下巻で発行されます。これも楽しみ。皆さん、どうぞご覧ください。

『三体』 劉慈欣/著 立原透耶/監修 大森望、光吉さくら、ワンチャイ/訳 早川書房 (2019/7/4)

『三体』は、中国人作家・劉慈欣が執筆したSF小説です。

文化大革命の時期に物理学者の父を惨殺された女性・葉文潔のストーリーと、世界から科学を撲滅しようとする謎の敵に立ち向かうためバーチャルリアリティゲーム「三体」に取り組む科学者・汪淼のストーリーが組み合わさり、人類滅亡の危機が明らかになっていく、という構成になっています。

2019年、日本語版が出版されると評判になり、三週間で十万部を突破しました。早川書房による積極的なプロモーションが功を奏したともいえますが、何といっても作品自体が持っている力が大きい、と私は考えています。

『三体』のシリーズは、中国で2100万部、アメリカでも100万部売れたそうです。中国において、『三体』は、これまで傍流とされてきたSFというジャンルを世間に知らしめた作品として評価されています。また、アメリカではヒューゴー賞を受賞したことにより広く認知されました。オバマ元大統領が『三体』を読んでいる、とインタビューで述べたことでも有名になりました。

『三体』には様々な魅力があります。まず、ストーリーテリングが極めて巧みです。文化大革命や現代を描く現実のパートと、SF要素を盛り込んだバーチャルリアリティゲームなどのSFのパートが違和感なく、巧みに繋ぎ合わされています。

現実のパートでは、文化大革命の悲惨さや、現代社会の矛盾をリアルに描き出して心をつかみます。たとえば、造反有理を掲げて知識人をつるし上げる文化大革命時期の紅衛兵の運動や、現代社会に吹き荒れる「反科学」運動の愚かさに対する批判的なまなざしは、一種の風刺と読み取ることもできます。しかし、それらの描写が全体のバランスを壊すことはなく、むしろ物語に組み込まれていて、必然性があります。結果として、『三体』は、優れたエンターテインメントとなっています。さらに、中国を深く知る者にしか書き得ない叙述となり、作品のオリジナリティともなっています。

SFのパートでは、SF的要素を大量に盛り込みながら手際よくまとめあげることにより、物語を文字通り宇宙のかなたにまで飛躍させます。異星人との接触、世界を再現するバーチャルリアリティゲームの繰り返し、別次元の使用など、SF的ギミックが満載です。壮大さにおいて、J・P・ホーガン『星を継ぐもの』、光瀬龍『百億の昼と千億の夜』といった名作を彷彿とさせます。

中国では、いまSFがブームです。『三体』以外にも魅力的な作品が続々と生まれています。2018年に出版された『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』は、秀逸な短編小説を収録していて、気軽に読みやすいので、おすすめです。

2020年6月15日月曜日

よみがえった紅型(びんがた)


おはようございます。今日は、沖縄を代表する染物「紅型」の話(ノンフィクション)です。図書館玄関のすぐそばにある「沖縄コーナー」。その中から、この一冊の紹介です。どうぞ、ご覧ください。

『よみがえった奇跡の紅型』中川なをみ/著 あすなろ書房(2019/11)

紅型(びんがた)というのは、沖縄を代表する伝統工芸で、琉球王朝時代に完成した染物のことです。

紅型の「紅はさまざまな色」を意味し、「型は模様」のことだと言われています。沖縄の気候や土によく合った特別な染め物です。一枚の型紙から多彩な紋様を染め分ける手法で、独特な色に染められます。

本書にも素敵な紋様の紅型のカラー写真が紹介されています。

世界に誇るこの素晴らしい文化は、琉球王国が誕生した1429年から1879年の廃藩置県で沖縄県になるまでの、450年間続きました。1879(明治17)年琉球王国が解体されたため、王家の保護がなくなった紅型の職人たちは、苦しい生活を余儀なくされていました。明治時代になると、紅型の文化は衰退の一途をたどったのです。

しかし、紅型独特の美しさに関心をもっていた鎌倉芳太郎(かまくら よしたろう)は、紅型の研究をして型紙を収集し、貴重な資料を残しました。自らも「型絵染」の人間国宝にまでなりました。

紅型の三大宗家の一つであった城間家の長男として生まれた城間栄喜(しろま えいき) は、苦労しながら紅型染をつづけていましたが、戦争のため中断を余儀なくされました。戦後焼き尽くされた沖縄で紅型を作り始めました。1938年民藝運動を起こした柳宗悦、陶芸家の河井寛次郎、浜田庄司が沖縄を訪れた際、出会った紅型を本土に紹介しました。本土から注文が入るようになり息を吹き返すことができたのです。城間氏は、個展をひらき、日本中の多くの人々に喜びを与えました。

芹沢銈介(せりざわ けいすけ)は、生活に密着した工芸の美しさを広める柳宗悦の「民藝運動」に共感し、展示住宅「民芸館」を訪れた際、紅型に出会いました。紅型を習得しながら新しい型染めを創り出していくのです。

三人に共通していたのが、飽くなき美の追求とともに、沖縄独自の大切なものだから残さないといけない、きちんと受け継がねばならないという使命感でした。独特の美しさに魅了された三人の熱情の生涯を、彼らの生きた時代背景と共に物語るノンフィクションです。

2020年6月14日日曜日

百年の孤独


おはようございます。今日は、6/7に登場した29期生の牛田悠貴さんの「現代ラテンアメリカ文学・紹介」の第2弾です。ありがとう!うっしー。皆さん、どうぞご覧ください。

『百年の孤独』ガブリエル ガルシア=マルケス/著 新潮社

これを読み切るまでにかかった時間は、ひょっとしたら僕がこれまで生きてきた時間よりも長いのではないか。そんな錯覚に陥るほど、この作品は一冊の中で、見事に百年という時の流れを表現しています。

『百年の孤独』では、歴史的事件のような出来事とそれ以外の出来事とが、どちらも第三者視点で淡々と語られます。「戦争」が描かれたかと思えば「大食い大会」みたいなちょっとしたイベントも描かれる。そして「戦争の方がよっぽど大ごとだ!」と感じさせない何かが作品全体を支配しているような…。

更に面白いのは、普通に考えればあり得ない出来事が、あたかも当然であるかのごとく起こってしまうこと。殺されたはずなのに存在し続ける男や、空に浮かんでそのまま消えてしまう女性など、冷静に考えると「おかしいでしょ!」と突っ込みたくなる場面が沢山描かれます。なのに僕たちは中々それに突っ込ませてもらえません。あまりにも当然のように語られてしまうからです。起こること自体はファンタジーっぽくもありますが、読んでいる感覚は全然違います。もうこればかりは読んでくれとしか…!!

さて、タイトルに『孤独』というワードが使われています。ですが、もちろん主人公がただ1人で生まれて100年間だれとも関わらずじまい、なんていう作品ではありません。

アルフレッド・アドラーという心理学者がいますが、彼は「人が持つあらゆる悩みは全て『人間関係』に起因している」というようなことを言っています。なにも初めから自分以外の人間が存在しなければ、孤独なんていう概念も存在しないということです。

『百年の孤独』の登場人物の多くも、それぞれの人間関係の中で、もみくちゃにされていきます。ひとりひとり感情の起伏が激しく、例外はありますが、喜ぶ時は馬鹿騒ぎして、悲しい時はとことん憂鬱になります。まさに人生に一喜一憂している感じです。腕の良い職人なのに恋に破れて自死したり、権力を手にしたと思ったら銃殺されそうになったり。

出来事自体は変わるものの、永遠とこの一喜一憂を繰り返して百年。みたいなところがあります。仏教では、そのように一喜一憂を繰り返していく人間の生を「空(くう)」と呼びますが、著者であるガブリエル=ガルシア・マルケスはこのことを「孤独」と表現したのかな、なんて思ったり。

長くなりましたが、本当に素晴らしい作品です。是非読んでみてください!

2020年6月13日土曜日

ぼくは、火星にいる


おはようございます。今日は、未知の世界を開き新たな好奇心を刺激する、火星探査車についての科学絵本です。ローバー(探査車)が一人称で語りかけてきます。

『キュリオシティ ぼくは、火星にいる』マーカス・モートン/作 松田素子/訳 渡部潤一/監修 BL出版(2019/2)

キュリオシティは、今火星にいる車型のロボット、火星探査車のことです。NASAの火星探査ミッションで用いる宇宙船「マーズ・サイエンス・ラボラトリー」に搭載されたローバー(探査車)の愛称です。


火星は地球によく似た惑星で、ずっと昔、水があったとわかってきました。水があれば「生き物がいたかもしれない、その証拠を探す」のがキュリオシティの使命です。今でもゲール・クレーター内部の探査を続け、生命(微生物)がかつて生息していたことを示す痕跡を探しています。

このキュリオシティが、どのような計画のもとに、どこでどのようにして生まれ、どうやって火星にたどり着いたのか、図解とともに詳しく説明されています。

ページをめくるたびに目をみはります。ジェット推進研究施設の様子、科学者たちがいかに細心の注意を払って作っているか、ロボットに搭載された最新の機能。西海岸のロサンゼルスから東海岸のフロリダのケネディ宇宙センターまで、宇宙センターのロケットに収まって打ち上げられたのは2011 年11月、253日の旅の後、・・・2012年、8月6日、キュリオシティは火星到着に成功します。地球と交信しながら、火星の地表や岩をドリルで掘り資料を集めています。到着はゴールではなく、始まりです。

ローバーは地球のチームにカメラの画像を届け、チームの指示で動き、資料を集め分析して地球に知らせています。難解な用語も多いですが、キュリオシティ自身の「ぼく」という一人称で語られているので親しみやすいです。

「ぼくは、今、地球からずっとずうっと遠いところにいる。ここは土と岩でおおわれた世界。赤い惑星、火星だ。ぼくの名前はキュリオシティ。ぼくがどうしてうまれたのか?どうやって、火星までたどりついたのか? ぼくは何をしに来たのか…。」

巻末に、NASAの火星探査の歴史も載っていて、科学の進歩と宇宙探検への興味がぐ~んと広がります。ちなみに、キュリオシティとは、「好奇心」という意味です。公募によって名づけられました。

2020年6月12日金曜日

スベらない同盟


おはようございます。今回は、中学校のスクールカーストやいじめが背景にあるものの、主人公の魅力的なキャラにより、ちょっぴり切なく、さわやかな読後感のあるYA小説となっています。どうぞ。

『スベらない同盟』にかいどう青著 北村みなみイラスト講談社 (2019/9/12)

主人公のレオは自他ともに認めるイケてる中学2年生。軽音部ではメインボーカルだし、運動だってできます。トークスキルもばつぐんで、それだけに学校でひとりになることほどこわいものはないと思っています。

一方転校生のケイはひとりで本を読むことを好み、目立たない存在でクラスに溶け込めず、いじめの対象になります。

対照的な二人ですが、レオは担任に頼まれてケイを軽音楽部に誘ったりします。そして、ケイがクラスでの場所を手に入れられるようと、文化祭でコントを発表することを提案します。レオはケイと漫才のコンビを組み、文化祭でお笑いをすることを計画します。そのコンビ名がこの小説のタイトルになっている「スベらない同盟」。

文化祭に向けて、ネタを練り、夏休み中も一緒に練習するうちに、互いの良さに気づき、友情が芽生えてきます。

ところが、ケイとの友だち関係が深くなっていく間に、レオはクラスから仲間外れになってしまいます。ちょっとしたことから、クラスの最下層?に転落したレオ。そして、ケイとの間にも亀裂が生じ、去られてしまいます。

文化祭の当日レオは一人浴衣姿で舞台に立ちます。一人になっても、なお、文化祭で赤裸々に自分の状況を語り、ケイを讃えてネタを披露するレオ。

終盤に明かされるレオのセクシュアリティーと友だち関係など、学校という閉じた特別な空気での人間関係をリアルに描き、 最後まで一瞬も目が離せません。本好きのケイが語る読書の魅力、いじめを笑い飛ばそうとする笑いの効用、思春期の親との葛藤も・・・。多様なテーマを通して、今を生きる中学生の内面が平易に描かれている一冊です。

2020年6月11日木曜日

街場の共同体論


おはようございます。今日は、5./3・5/22に続いての3回目の登場、高1の新平君です。新平、すごい!ありがとう。新平君、前前回は自身の誕生日、今回は「高校入学の日」と重なりました。著者の内田樹さんも、(違う紹介者で)5/14に続き2度目の登場です。そのことにも、興味がわきますね。では、どうぞ。

〇 どうも〜。最近暑いですね。自森も熱くいきましょう!今回の僕が紹介するのは、『街場の共同体論』、著者は内田樹さん。発行2014.7.10、潮新書版は2016.12.29。

この本は、超楽観的「日本絶望論」について論じています。しかし「おとなになりましょう」など当たり前のことに戻るわけです。この人は、「日本一のイラチ(関東で言うせっかち)男」と名乗っていますから、とても昨今の情勢では穏やかになれないでしょう。時間を無駄にする行為の連続を痛烈に書いています。

僕にとって単純ではないことも書いてあるし、知らない単語も出てくる。なのに読めてしまう、読ませてしまう。魔力さえ感じる。

内田さんがこの本を書いている時より国内の状況は悪化しているのではなかろうか。これを書いていた2012年の日本。経済成長してないと言われ続けて、電気が足りないと言われ、政権交代もしたけれど、今、生活しやすさを実感できているだろうか。今が生活しづらいのは、決して「アレ」だけのせいなのかなぁ。こうなったのも元は…?ということもあるのかもしれないし。

「人とのつながり」が主に書かれている。家族のことなど、とてもリアルに感じる人もいると思います。もちろんまだ実感してない人もいるはずです。これを見て実感できない、しようとしない、リアルだと思いたくない、そう思うこともあるかもしれない。

「拡大家族論」、「コミュケーション能力とは何か」などについて痛快に、単純に、原点に戻りながら、論じています。まだ実感しなくてもやり過ごせることも書かれているけど、未来の自分に降りかかってくることが書かれています。ゾクゾクするね。

「教育」についても書かれています。あまりなにも考えずに過ごしていると、どうも無関係のように感じることを書いていたりするのだけど、ジワジワ、確実に進行しているのかも知れない。見えてないだけかも知れない…。

この人は、割と楽観的に見ているフシもあるらしく、それは政治やメディアがここまで不調になってしまった以上、やれることはもう自分でやるしかない、と決意を固めています。やれることは自分でやる、僕はできないなぁ。あれこれ見過ごしているなぁ。

この本は、人間は人間とつながらないと生きていけない。だからこそ、つながりをどう作るかは、自分で作っていくもの。メディアなどに目を向けるとアレはダメコレもダメ(別に言う側はそんなこと言っているつもりないと思っているいのかもしれないけど)と言われることが多い。一人の人間として、どう生きるか。生きた方がいいか。原点に立ち返って考えると、単純であり、至難の技なのかな。

だけど「明日はきっといい日になる」とも僕も思っております。なんてたって梅雨ですから。僕の大好きな雨が降ります。まさに気分も天候もジトジトしがちな今、この本はいかがでしょうか。もっとジトジトすることは多分ないです。ジトジトの反対はスカッと?まさにレモンスカッシュのように。それは表現が違うのかな。あぁ気が遠くなる季節だ…。自森に活気が早く戻って欲しいですね。では、元気に自森で会いましょう。