2020年11月1日日曜日

『フィネガンズ・ウェイク』を読む(1)

おはようございます!ダブリン在住の21期生・早川健治氏が、520の『普通の人々の戦い』の紹介に続いての登場です。ありがとうございます。本日と明日の2日間、ジェイムス・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』についての紹介をお楽しみください。

夜の小説と夢の世界~『フィネガンズ・ウェイク』を読むということ(1)

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』は今もなお広く読まれ愛されている作品だ。ユリシーズ的な手法で書かれた小説はたくさんある―例えばアメリカではトーマス・ピンチョンの『重力の虹』、日本では多和田葉子の『百年の散歩』などが浮かぶ。これからもユリシーズ的な作品は書かれ続け、日中の人間生活を細部まで映す鏡となって私たちにたくさんの発見をもたらしてくれるだろう。

対して『フィネガンズ・ウェイク』は広く読まれているとはとても言い難い。『ウェイク』について語る作家や批評家はたくさんいる。柳瀬尚紀訳(河出文庫『フィネガンズ・ウェイク1』『フィネガンズ・ウェイク2』『フィネガンズ・ウェイク34』)が出版されたときにも著名な文筆家たちから多くの賛辞の(惨事の?)言葉が贈られた―「輝ける帰還」(井上ひさし)、「世界でも唯一の」(柄谷行人)、「最後の小説」(高橋源一郎)、「究極の道楽」(丸谷才一)、「歴史的な事件」(森毅)等々といった言葉だ。

しかしながら、これは『ウェイク』を読まなかった人が書く言葉ではないだろうか。そもそもジェイムズ・ジョイスは作家や作品の神格化を拒み、崇拝者を嫌悪する人だった。『ユリシーズ』刊行後、パリのホテルでランチをしていると、向かいの席から若いファンがやってきて、「握手させてください。あの『ユリシーズ』を書いた手を」と言うので、「良いですけど、他にも色々なことをやった手ですよ」とジョイスが答えたというエピソードもあるほどだ。(ちなみにこれはリチャード・エルマンの『ジェイムズ・ジョイス伝』(宮田恭子訳、みすず書房から拝借した。エルマンの伝記はアイロニーとウィットが利いた語り口でジョイスの一生を描いている。ぜひご一読あれ)。

例えば『フィネガンズ・ウェイク』の有名な書き出しを読んでみよう。

 

(せん)(そう)、イブとアダム(れい)(はい)(てい)()ぎ、く()(きし)()から()(きょく)する(わん)へ、(こん)()()せぬ(めぐ)(みち)()(コウ)し、(めぐ)(もど)るは(えい)()()()()()たるホウス(じょう)とその(しゅう)(えん)

l   ダブリンの中心を流れるリフィー川。通称「アンナ・リフィー」。

l  イブとアダム礼盃亭 リフィー沿いにある「無原罪の御宿り教会」の通称。

l  媚行 ヴィーコ。18世紀イタリアの哲学者。代表作『新しい学』では人類の歴史を巨人がだんだん小さくなっていく物語として表現した。

l  栄地四囲委蛇 エイチ・シー・イー、HCE。本作の主人公の略称。

l  ホウス城 ダブリン北部にあるホウス山のてっぺんの城。ダブリンが寝そべった巨人の身体だとすると、ちょうど鼻の部分にあたる。

l  「礼拝堂」も「礼盃亭」になると「亭」=旅館で「盃」に酒があふれ、どんちゃん騒ぎが始まる予感。

l  寝る、輪、曲がる、「今度も失せぬ」、巡り戻る、円→忘れられない夢、繰り返される夢。

l  アダムとイブが出てきた後で、HCEの中に蛇が隠れている。

聖書やダブリンといったモチーフはあるものの、とにかく錯綜した一文であり、考えれば考えるほど解釈が広がっていく。夢の作品の書き出しとしてはとてもよく練られたすてきな一文だと思うが、いかがだろうか。(続く)

2020年10月31日土曜日

「進化」の科学絵本

おはようございます!本日の紹介も絵本、今回は科学絵本の

『すごいぞ!進化』アンナ・クレイボーン/文 ウェスリー・ロビンズ/絵(NHK出版)

です。

本書の特色は、まず、表紙や中のページに描かれているイラストの豊富さです。いろいろな生物が、とてもカラフルに親しみやすいタッチで描かれています。

そして、次に、目次の小項目にある、人間の在り方への視点です。大筋は4章からなる構成

1章 進化とはなにか

2章 生命の歴史をたどる

3章 いきもののつながりをしる

4章 進化のかたち

になっていますが、その中の一つ一つの小項目がどれも関心を惹起されるものになっています。

例えば、次の2つの小項目。

一つ目は、第1章中の「絶滅への道」です。

「大量絶滅とは、多くの種が一度に絶滅することで、約6600万年前、地球に大型の小惑星が衝突した時は、約80パーセントの種が絶滅した。

もう一つの大量絶滅は今起きつつある。原因は人間が地球に及ぼす影響で、狩猟・汚染・都市や農地をつくるための生息地の破壊によって、多くの種が絶滅に追い込まれている。」という表現です。

現在、食べ物を求めて、住宅街!を彷徨する動物たちのニュースを目にしますが、私たちの目に見えていない所でも、多くの種が絶滅の危機に瀕していることを再認識させられ、38億年前から始まった長い進化の歴史の中の一つの種である人間が及ぼす影響の重大さについて考えさせられます。

二つ目は、第4章の「いまも進化はつづいている?」です。

「現在も人間の遺伝子は進化をしていて、人間は将来様々な方向に変化をするかもしれないと考えられる。」というものです。これは面白いなあ。

全編を通じて伝わってくることは、生物というものは、長い歴史の中で、生命をつないでいくために、様々な環境に適応してたくましく進化を続けてきた・・・という事実でしょうか。

私たち人間も、進化の長い歴史の中では、「ホモ・サピエンス」としての一つの種であり、他の多くの生物と「共に」、この地球上で真摯な「配慮」のもとに生きていかなければいけないと気づかせてくれます。

2020年10月30日金曜日

あなふさぎ

 

おはようございます!本日は、絵本の

『あなふさぎのジグモンタ』とみながまい/作 たかおかゆうこ/絵(ひさかたチャイルド)です。

ジグモ(地蜘蛛)のジグモンタは「あなふさぎや」です。洋服に開いた穴を塞ぐ仕事をしています。三代続いた老舗で四代目のジグモンタもこの仕事に誇りを持っていました。

ところが、ヒキガエルのコートの修理が終わった時、彼は「流行遅れだし、捨ててしまってもよかったんだ」と言いました。

七人姉妹のハリネズミが末っ子の結婚式のベールの修理を依頼しに来た時も、末っ子は「お古はイヤだ!」と言い張りました。

この頃はみんなせっかちで、すぐに新しいものを欲しがります。流行遅れや破れた物を修理して使う必要はなくなったのかと、ジグモンタは仕事の自信を無くしてしまいました。

しかし、フクロウの子の毛布を直した後でのフクロウの母親が、「直したところを見る度に子どもを思い出し楽しくなる」と、言ってくれ、その言葉でジグモンタは再び仕事の意欲が沸いてきました。

ハリネズミがおいて帰ったベールも、素晴らしいアイディアで夢のようなベールに甦ります。ハリネズミは大満足。「この穴も、すてきにしてくれるのよね」というハリネズミの言葉に対して、「おまかせ下さい」とジグモンタは答えます。

何だかYAのみなさんとは一番遠いところにある絵本と思うかも知れませんが、たまにはいかがでしょうか。「あなふさぎ」という言葉、ちょっと惹かれるところがありませんか?

ないかなあ。

好きなことと真摯に向き合う誠実さや、物作りの喜びまでもが伝わってくる絵本です。

2020年10月29日木曜日

カッコーの歌

おはようございます!本日は、10/21に紹介した『嘘の木』の作者・フランシス・ハーディングの

『カッコーの歌』(東京創元社)です。【英国幻想文学大賞ファンタジー長編部門賞】作品です。

舞台は、1920年のイギリス。第一世界大戦で戦死した兄のいる家族の長女テレサ(「トリス」の愛称を持つ11歳の少女)がグリマーと呼ばれる沼地に落ちるという事故から、このファンタジーは始まります。

目覚めた彼女は記憶を失っていました。

「あと七日」とトリスの耳元で囁く声、異常な食欲。どれだけ食べても空腹でたまらず、真夜中に部屋を抜け出して林檎の木のまだ青い実や落ちて腐りかけの実まで食べてしまいます。

日記は何者かによって破かれており、ベッドには毎晩のように小枝や枯葉が落ちて、しまいには、ただの人形がまるで生き物のように口をききます。

そして、彼女は9歳の妹・ベンには「偽物」と糾弾され続けます。

カッコーの托卵のように一家に送り込まれた「偽トリス」である主人公が、「自分とは何か」と問い、「トリスになりたい」と願い、やがて「別の何か」として生きていこうと決する姿が、幻想的なイメージと強い緊迫感で描かれていきます。

物語は、家族の問題、「偽トリス」を作った人物、避難し都市に集まり隠れる不思議な生き物たち、・・・背後に暗躍する黒幕の登場と、スリリングな展開をみせます。

物語の終盤、黒幕に戦いを挑む主人公の上に降り積もる雪の光景が圧巻です。 このシーンに出会うためだけでも、本書を読み続ける価値があります。お楽しみください。

2020年10月28日水曜日

サイド・トラック

おはようございます!本日は、

『サイド・トラック―走るのニガテなぼくのランニング日記―』ダイアナ・ハーモン・アシャー著(理論社)です。 

主人公のジョセフは中学一年生です。

ADD(注意欠陥障害)があり、集中しなくてはいけない時に気が散ったり、多くの生きづらさを感じながら生きています。学校でもさまざまな困難にぶつかりながら、通学しています。

そんな彼が新たにできた陸上部に入り、クロスカントリーに挑戦し、成長していく物語です。

特に、ジョセフと三人の登場人物との関係が心に残ります。

大きくて力強い、転校生の女子ヘザー。彼女と培い育て合う友情。

彼の通う通級指導教室の先生であり部監督でもあるT先生。生徒一人ひとりを尊重し、成長に寄り添います。「『できない』とは言いません。一歩一歩進めていって自分を信じること」、そして「自己ベストを目指すこと」を伝え続けています。

「おまえは他の人よりよく聞こえ、よく見え、ずっと多くのことを感じ取る、スーパーヒーローだよ」と励ます、彼の祖父。

やがて、ジョセフは周囲を励ます人へと変わっていきます。

そんな姿が、ジョゼフのユーモラスな一人称の語りを通して見えてきます。お楽しみを。

2020年10月27日火曜日

奪命者〔サイズ〕

おはようございます!本日は、

『奪命者〔サイズ〕』ニール・シャスタマン/著(講談社文庫)です。

本書は、人口知能(AI)が驚異的な発達を遂げ、ついに人類は死さえも克服する、しかし、人類が定住できるのは地球しかないという状態で、人口調節のため、サイズと呼ばれる一群の選ばれた者達が、各自の判断で他のヒトの命を奪う権力を持つ、近未来の物語です。

クラウド(雲)からサンダーヘッド(積乱雲)へ。コンピューターのデータ処理能力は発達を続け、人類は無限の知識を手に入れました。その結果、ついに死さえも克服するに至りました。とはいえ、宇宙移住計画の失敗を経て、人類が定住できるのは地球しかないということも分かりました。つまり、限られた資源の中で人類は生き残っていかなければならなくなったのです。そこで、AIに管理委託されなかった唯一の権限を、聖職者「サイズ」たちが担うことになりました。・・・それは、人口を調整するため、人の命を奪うという行為でした。

そのサイズ候補に選ばれ、古参のサイズに弟子入りした十代後半の少年(ローワン)少女(シトラ)が主人公です。

修業を通じて、二人は、人間の尊厳・使命の重さ・死と生の深さを学びます。しかし、やがて、彼らは、仕組まれて相互の命を懸けた争いへと駆りたてられてゆきます。

サイズの後継者と目された少年と少女が、ユートピアの先に見たものとは? 

惹き込まれて一気に読める物語の中で、AI管理下の唯一の権力組織・サイズ内での陰謀や腐敗の描写は、ヒトの在り方についての省察を促します。

2020年10月26日月曜日

あの夏のソウル

おはようございます!本日の作品は、昨日紹介した『1945,鉄原』の続編、

『あの夏のソウル』イ・ヒョン著(影書房)です。

19506月の朝鮮戦争の勃発直後のソウルを舞台にした物語です。

日本の植民地支配からの解放の喜びもつかの間、人間らしく平穏に暮らしたいという人びとの願いは、まもなく始まった朝鮮戦争によって無残に打ちくだかれていきます。

戦線が南へ北へと移動するたびに統治者が入れかわり、ソウルではやがて激しい空襲が―。

同胞が闘い、戦線が動くたびに統治者が入れ替わる苛烈な状況と米軍による激しい空爆下、親日派だった判事の息子・殷国(ウングク)と変節者の娘・鳳児(ポンア)を主人公とするYAたちが、懸命に生き、自分の道を探し求める姿が鮮明に描かれています。

戦争によって大切な人たちとのきずなが断ち切られてゆく過酷な状況のなか、主人公たちはどのような道を選びとるのか。

戦況に翻弄され幾度も傷つき、漸く母親の転向を理解できるようになった鳳児。

父親の権力と自分の信念の間で激しく葛藤し、最後に父との決別を選択する殷国。

戦争と、殺し殺され生き延びた…人々の息吹や夢を見事に表現し、また、日本との深い関わりも考えさせます。

本書は、未だに「朝鮮戦争停戦中!」の現状を踏まえ、多くのYAの皆さんに手に取ってもらいたい作品です。ご一読を。