2020年11月30日月曜日

うちにカブトガニがやってきた!?

おはようございます!本日は、

『うちにカブトガニがやってきた!? 生きている化石とすごした1年と2か月』石井里津子/著(学研プラス)です。

カブトガニという2億年も生き続けてきた〝種〟に対して、珍しいという好奇心だけではなく、深い畏敬の念と愛情を注いだ記録が本書にはあります。

直径4㎜の卵からはじまった自由研究。つまっていたのは、2億年の命の不思議です。

生息地の一つ、山口県の小3の少女ハツが、夏休みの自由研究として、家族とともに参加した観察会で、偶然49個のカブトガニの卵を預かります。孵化させて必ず山口湾に帰すという条件で。

専門家のアドバイスを仰ぎながら、ハツと家族が「かぶこ」と名付けた卵たちを懸命に育てる様子が、多くの写真やイラスト、そして資料の図表とともに記されています。

孵化した幼生は、何度も脱皮を繰り返して成長し、やがて海に帰す時に、ハツは「かぶこ」たちに感謝し、友だちだと言いいます。そこに自然と人の共生の原点をみている筆者の思いが、伝わってくるようです。ご一読を。

2020年11月29日日曜日

赤毛証明

おはようございます!本日は、

『赤毛証明』光丘真理/作(くもん出版)です。

あたし、堀内めぐは、ごくふつうの家庭で育って、成績も中ぐらい。中ぐらいのレベルの私立中高一貫校・三つ葉学園に通う中学一年生です。

めぐは、ごくふつうの学園生活を始めていたのに、生徒手帳一ページの真ん中に、赤ゴム印で『赤毛証明』という「ふつうでない印」を押されました。赤毛が地毛あることを学校に証明する『赤毛証明』です。「この髪、どうしてダメなの? 自分はふつうじゃないの?」そのことをきっかけに「ふつうってなに?」ということを考えるようになります。

幼馴染の紘は、生まれながら両足がなく、車いすで生活をする、車いすバスケットボールの選手です。「これが、おれのふつうだから」ととらえています。

親友サワちゃんの母は、 シングルマザーでスナックのママ、 いつも「わたしたちは特別なのよ」と言いいます。

同じクラスの吉川さんは 「陰キャラは無理」とクラスメートに言われた心無い一言から学

校に来られなくなりました。しかし、保育士になりたいという希望を持ち、児童館の幼児室でボランティアをしています。

自由研究のテーマを『ふつうってなんだろう?から始まる研究』と決めためぐは、夏休みに色々な人と出会い、様々な経験をし、自分らしい生き方を見つけていきます。

主人公のめぐが、親友のサワちゃん、幼なじみの紘とともに、自分たちが自分らしく生きるために、声をあげていく物語です。

2020年11月28日土曜日

わたしに手紙を書いて

おはようございます!本日は、

『わたしに手紙を書いて 日系アメリカ人強制収容所の子どもたちから図書館の先生へ』シンシア・グレイディ文 アミコ・ヒラオ絵(評論社)です。

舞台は第二次世界大戦下のアメリカ。実話をもとにした絵本です。

1941年真珠湾攻撃の日から、出稼ぎのため移民として暮らしていた日系人の悲劇が始まりました。

アメリカ国籍を所有しているというのに、大人も子どもも全員が「アメリカの敵」とみなされ、 着の身着のまま。荷物のように札をつけられて強制収容所に送られます。

自分の勤める図書館に来ていた日系アメリカ人の子どもたちのことを決して忘れず、見送りに来た図書館司書のブリード先生は、 子どもたちに、「おたよりをちょうだい。 必要な物があったら知らせてね」 と、たくさんの本と切手を貼ったハガキを手渡しました。

強制収容所はひどい臭いのする馬小屋で、食べ物もない過酷な生活です。

子どもたちからメッセージを受け取ったブリード先生は、どんなに世間から白眼視され非難を浴び続けても、本や日用品に励ましの手紙を添えて送り続けました。それは三年間に及びました。

戦争という厳しい状況下でさえ、それに屈することがなかったブリード先生の勇気ある行動と贈られた本たち。それは、子どもたちの生きる支えとなりました。

国と国が戦争をする中、私だったらどうであろうかと、考えざるを得ない絵本でした。

2020年11月27日金曜日

ぜんぶわかる!ジャガイモ

おはようございます!本日は、元・理科教員の安田 守さんの写真絵本

『しぜんのひみつ写真館10 ぜんぶわかる!ジャガイモ』安田 守/著、森元 幸/監修(ポプラ社)です。

ジャガイモと言えば、フライドポテト、ポテトチップス、カレーライスに肉じゃ・・・みんな、大好きですね。

そのジャガイモはどうやってできるのでしょうか?この疑問に答えてくれる一冊です。

1章 ジャガイモのくらし

2章 いろいろなジャガイモ

3章 調べてみよう

いつもは見ることができない土の中も、写真で詳しくのぞいて見ることができます。

種芋から根が出て、芽が出て、葉が出て、花が咲く。四ヶ月経ったころ、土の中ではごろごろとたくさんのジャガイモが。

ジャガイモの仲間達もたくさん載っています。

2章には「いも図鑑」が掲載されています。人気の「インカのめざめ」「インカのひとみ」、デストロイヤーとも呼ばれる「グラウンドペチカ」、こい紫の「シャドークイーン」や「キタムラサキ」、サツマイモのような「レッドムーン」など。また、ポテトチップス用で最も多い「トヨシロ」、ポテトサラダに使われる「さやか」、小粒の「マチルダ」やデンプン用品種、在来品種と野生ジャガイモまで紹介されていました。

ジャガイモ畑にやってくる虫たちも、きれいな写真で紹介され、まるでジャガイモ畑で本物の虫たちを見ているようです。

芋のひみつや、ジャガイモの花のひみつ、北海道のジャガイモ畑の紹介もあります。大好きなポテトチップスはジャガイモからどうやってできるのかも分かります。

お店に並ぶジャガイモを買って食べたくなること、間違いなし、です。

*安田/守さん

生きもの写真家。1963年、京都府生まれ。千葉大学大学院修了。自由の森学園中学・高等学校の理科教員として生物などを担当。同校を退職後、写真家に。信州伊那谷を拠点に身近な里山の昆虫など広く生物と自然を撮影しています。

2020年11月26日木曜日

ぼくだってとべるんだ

おはようございます!本日は、絵本

『ぼくだってとべるんだ』フィフィ・クオ/作・絵(ひさかたチャイルド)です。

空を飛びたい小さなペンギン。

うまく飛べないペンギンに父さんが「ペンギンはとばないんだよ」と教えます。でも、小さなペンギンは空を飛ぶ練習を繰り返します。《ぱたぱた ぱたっぱたっ ぱったぱった ぱたたたた》。

でも、飛べません。「こんどこそ」。勢い余って氷山を滑り、深い海に落ちていきます。

そこに父さんが来て、坊やの羽をぎゅっと掴みます。そして、親子は海の中を《ビューンビューン》と泳ぎまわります。

泳ぎながら小さなペンギンは発見するのです。「ぼくうみのなかでとんだんだね」。

この絵本、注目したいことがいくつかあります。まずは何よりも鉛筆の柔らかな情景描写に優れた絵をあげたいです。読者を自然にペンギンの世界へと誘い込みます。

そして、坊やからの刺激で飛ぶということへの思いを変えていく父親の存在も、お話の味わいを深くします。

最後に、巻末の「ほらね、ぼくだってとべるんだ」という一文。あきらめずに挑戦し、別の尺度を得て希望を叶えた小さなペンギン。彼の自信と誇りが物語を締めくくり、力強い余韻を残します。素晴らしい作品です。どうぞ、手に取ってみてください。

澄んだ空色に、優しくてかわいいイラストがとても映えます。ペンギンのしぐさや表情もかわいらしくとても心地よい絵本です。  

2020年11月25日水曜日

雲を紡ぐ

おはようございます!本日は

『雲を紡ぐ』伊吹有喜(文藝春秋)です。

羊毛を手仕事で染め、紡ぎ、織りあげられた時を越える布・ホームスパンをめぐる、親子三代の心の糸の物語です。

電機メーカーの研究員として働く父と、私立中学校で英語教師をしている口うるさい母のもとに育った高校生の美緒は、いじめが原因で学校に行けなくなって一ヶ月経ちます。

美緒が唯一ほっとできるのは、初宮参りの際に父方の祖母から送られた赤いホームスパンのショールでした。ところが、このショールをめぐって母と口論になり、母にそのショールを隠され、彼女は衝動的に、ショールを作ってくれた盛岡の工房へ向かって新幹線に飛び乗ります。

美緒は、ホームスパンの職人である祖父とともに働くことで、職人たちの思いの尊さを知ります。

一方、美緒が不在となった東京では、父と母の間にも離婚話が持ち上がり……。とてもみじかい「家族の時間」が終わろうとしていました。

壊れかけた家族は、もう一度、ひとつになれるのでしょうか?

時代の流れに古びていくのではなく、熟成し、育っていくホームスパン。その様子が人の生き方や、家族が織りなす関係に重なり、物語は展開していきます。

本書は、美緒だけでなく、家族全員の成長物語で、盛岡の自然や宮沢賢治などの童話も登場し、立ち止まって、自分を見つめて、考えることの大切さを味あわせてくれるものです。 

2020年11月24日火曜日

銀をつむぐ者


おはようございます!本日は、

『銀をつむぐ者 上巻 氷の王国と魔法の銀、下巻 スターリクの王妃』ナオミ・ノヴィク著(静山社)です。

本書は、銀を金に変える娘ミリエム、父親を殺して逃亡する少女ワンダ、魔法の銀の力を身につけた令嬢イリーナ。氷の王国を舞台に繰り広げられる、リアルな世界と冬の異世界が交錯する、美しいファンタジーです。

中世東欧の小さな皇国―。ここでは時折、氷の妖精たちが棲む異世界、スターリク王国への道が開かれます。いつまでも冬が続き、人々は貧しい暮らしを強いられていました。

16歳のミリエムは金貸し業を営むユダヤ人の娘。気弱な父親に代わって、村の家々を回り借金を取り立てると、少しずつ金が貯まるようになります。

やがて「銀を金に変える娘」という評判が広がります。そんなミリエムの前に、ある日、スターリクの国王が訪ねてきて、革袋のなかの銀貨を「この銀を金に変えろ、そしたら王妃にしてやる」と、無理難題を押し付けてきました。・・・

ワンダは貧しい一家の娘です。母を亡くし、大酒飲みの父親と、二人の弟とともに暮らしていました。借金の返済ができなので、ミリエムの家で働きながら、少しずつ金を貯めていました。ある日、姉弟は酔っ払った父の暴力を避けようとして、謝って殺してしまいます。そして、姉弟たちの逃亡生活が始まりました。・・・

イリーナは成り上がり公爵の令嬢です。器量よしではありませんが、稀少なスターリク銀の装身具を身につけると、不思議な美しさを放ちます。美しい皇帝のもとに嫁ぎましたが、その皇帝には魔物が取り憑いていました。

スターリクの王国にとらわれたミリエムと、恐ろしい魔物と対峙しなければならないイリーナ。

苦境に立つ娘たちは、手を結び、知恵を絞り、難局を乗り越えようとします。そして、冬を終わらせるための火と氷の戦いが始まります。

それぞれの娘たちの物語が、まるで糸を紡ぐように、大きな一つの物語に絡み合っていく、壮大なファンタジーです。お楽しみください。

2020年11月23日月曜日

世界から守ってくれる世界

おはようございます!本日は、

『世界から守ってくれる世界』塚本はつ歌/著(産業編集センター)です。

母の手料理をこれ見よがしに捨てる父,父の嫌いなスイカを食べ続ける母。日に日に仲が悪化していく両親に心を痛める14歳の薫子は、クラスメイトの中鉢と他愛ないやり取りをしている時だけ気持ちが安らぎます。

「わたしは男子の格好をしていますが、心は女です」と突然のカミングアウトをして以来、学ランからセーラー服姿で登校してくるようになった中鉢は、クラスの中で異彩を放っています。

家族という枠組み、性という枠組みに違和感を覚える2人は、かけがえのない友情を育みます。

そんな中、薫子の曽祖父が遺してくれた一軒家で一夜を共に過ごした後、中鉢は学校から姿を消します。

中鉢が親から虐待を受けていたことを知った薫子は、自分にとって大切な存在である中鉢を助けるため、生まれて初めての大きな決断をするのです。

「世界は一つなんかじゃない。今いる場所が生きづらいと感じたら、無理に順応しなくても外に居場所は必ずある」

家族の在り方、虐待、性別の自己認識、思春期の葛藤……どっしり重いテーマが絡み合って「刺さってくる」のに読了後は爽快感すら感じさせる、不思議な小説です。特に、ラストは痛快!

ご一読を。 

2020年11月22日日曜日

ゴーストドラム

おはようございます!本日は、

『ゴーストドラム (ゴーストシリーズ 1)』スーザン・プライス/著), 金原瑞人/訳(サウザンブックス社)です。

荒涼とした北の国を舞台にくり広げられる、荒々しい魔法の物語。雪と氷に閉ざされた世界で展開される凄絶なファンタジー。それだけに、強い衝撃があります。

この物語は、魔法使いの老婆が、生まれたばかりの女の子を弟子としてもらい受けにいくところから始まります。そして奴隷の身だった母親は、娘の将来を考えて、渡すことにします。

老婆は赤ん坊にチンギスという名をつけ、魔法を教えていくという、いかにもファンタジーらしい設定ですが、物語はいきなり闇の世界に転がりこみます。

冷酷非情な皇帝、それに輪をかけて残酷な女帝、虫けらのように殺されていく人々。

魔法使いにだけわかる言葉を伝える不思議な太鼓、ゴーストドラム。

ニワトリの脚を持つ家に住む、若い女魔法使いチンギスは、ある日ゴーストドラムを通して救いを求める叫びを聞きつけました。叫んでいたのは、生まれてこのかた、父皇帝によってずっと塔の小部屋に閉じこめられていた、皇子サファ・・・

サファや奴隷の兵士たちを助けようとして、死の中につき進んでいく若き魔法使いチンギス、チンギスを執拗につけねらう老練な魔法使いクズマ。

これらの登場人物がさまざまな形でからみあい、もつれあいながらつむぎあげてゆく、血と死に彩られた、嫉妬と復讐と愛と生の物語です。

*300年生きるといわれる魔法使いは、自分の弟子と宿命づけられた人間の子に魔法を伝授してから、死者の世界(ゴーストワールド)へと退いていく。だが、猟師マリュータは愛息アンブロージをよこせという魔法使いクズマの要求をはねつけます。愛する息子は渡さない!魔法使いに逆らった男の一言から始まる苛酷な運命の物語。

ゴーストシリーズ第二弾『ゴーストソング』、皇帝の圧政に苦しむ北の民を見かねた見習い魔法使いシンジビスは、魔法使いである祖母の忠告に逆らい、皇帝の街へひとり向かう。悪に立ち向かう見習い魔法使いは、世界と自分を救えるのか? 鮮烈で苛酷な闘いの物語の完結編、シリーズ第三弾『ゴーストダンス』も刊行されています。ご一読を!

2020年11月21日土曜日

秘密のノート


おはようございます!本日は、

『秘密のノート』ジョー・コットリル作(小学館)です。

ジェリーのコンプレックスは太っていることです。

「セイウチ」!の言葉に傷つき頭の中で何度も響いて、どんなに「平気よ!」と言い聞かせてもどんどん落ち込んでいきます。

その対処法は「セイウチ」のものまねをして笑いの渦を作り、自分も一緒に笑い飛ばすこと。

先生のものまねも上手くクラスの人気者です。それでも我慢できなくなって大声で叫び出したいときに、ジェリー「秘密のノート」に詩を書きます。

「嘘をクモの巣のようにはりめぐらし本心を隠して目くらまし自分を道化師に仕立てて一緒に笑えば私が傷ついていることは分からない」

思春期の少女の心の内が繊細に描かれています。

母子家庭の中で母親の仕事ぶりや恋愛をシビアに観察し、振り回されながらも本心と向きあい正直に生きようとするジェリー。

学校恒例のタレントショーで、ジェリーは代表となり、コントを披露することになります。今年こそ優勝間違いなしと噂されるが、いつもの悪ふざけが過ぎて、出場できなくなってしまいました。

そんなとき、母親の新しい恋人のミュージシャン・レノンと知り合うことで、ジェリーの中で、少しずつ変化していきます。

レノンから、本心を声に出す勇気をもらい、自作の詩を全校生徒の前で歌に託して発表すると、歓声と拍手が……。

少女の心の成長を描く爽やかな物語です。 

2020年11月20日金曜日

探究型読書

おはようございます!本日は、

『探究型読書』編集工学研究所/著(クロスメディア・パブリッシング)です。

「読書」というのは、一体何をしていることなのでしょうか? 小説の物語を味わったり、専門領域の知識を得たり、さまざまな「読み方」があると思います。どんな読み方があるにせよ、書き手である「著者」の見解と、読み手である「自分」の想像力の間に読書という行為があると、本書は解きます。

なるほど!

「探究型読書」は、物事を深く思考したり、自分なりの考えを組み立てたり、問題の本質を追及し続けるための「手段としての読書」であり、手に取った本の内容を完璧に理解することよりも、著者の視点を借りて、自分なりの「仮説」を立てることを優先するのです。

つまり、一般的な読書の目的は「本の内容を余さず理解しながら読み通すこと」ですが、本書、「探究型読書」の目的は、本を活用しながら「自分の思考を縦横無尽に展開させること」なんですね。

思いっきり、「活きる」読書の真髄をついているのはないでしょうか。

具体的に、次の「5つの心得」が明かされています。それは、1.読む「前」も読書。2.著者の思考モデルを借りる。3.かわるがわる。4.伏せて開ける。5.仮説的に読む

?でしょう。特に345。

さて、皆さん、一度、本書を手に取り、本書の「探究型読書」を試みてみるのはいかがでしょうか。「帯」に、「著者の思考モデルを借り、短時間で高速に情報編集する、全く新しい読書法」とあります。

2020年11月19日木曜日

少女マンガ家ぐらし

おはようございます!本日は、高3の若曽根さんからです。若曽根さん、ありがとう!お楽しみください。

『少女マンガ家ぐらし』北原菜里子/著(岩波ジュニア新書)

私も漫画が好きなのがあり、少し気になったため、この本に。

陸奥A子さんや大島弓子さんなど、代表的な少女漫画家さんの話も出てきました。小さな頃からずっと家にある漫画の作者さんだったこともあり、何となく親近感が湧いてしまいます。

私の家族の一人も作者さんと同じ少女漫画家で、高校生くらいの年齢の人を対象に漫画を描いています。その人は、絵を描くことももちろん好きなのですが、それよりもストーリー、構成や演出を考えることが好きなようなのです。「絵を描くことが好きな人が漫画家になれる」という先入観が崩されたときでした。絵を描くことが好きであることも大切ですが、ストーリーが面白いと思えるものを読者は求めてるというのも確かですから、ストーリーを作るのが好きでも何らおかしくありません。

著者の北原さんは高校生の頃にデビューされた漫画家さんだそうです。まだ高校生であったからこそ、自分の好きな「絵を描く」ということに純粋に集中できていたのかも、と思います。

高校生という立場ならば、それでも良かったのかもしれません。けれど自分が読者に何を伝えたいのか、それを伝えるにはどうしたらいいのかということを考えることは、高校生には難しいところです。

それでも、クリエイターとしてやっていくには自分が何を伝えたいのかということを確立していなければ、読者に読んでもらえるような作品を作るのは難しいことなんじゃないかなと思います。 

2020年11月18日水曜日

ファーブル先生の昆虫教室

おはようございます!本日は、

『ファーブル先生の昆虫教室4 めぐる命と虫の役割』奥本大三郎文 やましたこうへい 絵(ポプラ社)です。

私は、時々、無性にファーブルの『昆虫記』を手に取ってみたくなる時があります。なぜでしょう。

この『ファーブル先生の昆虫教室』シリーズは、昆虫を研究しているファーブル先生の様子と昆虫の習性が共に書かれています。

その4巻目「めぐる命と虫の役割」は、うんちや死んで腐った死体を観察した内容が多いです。それらを始末する昆虫は自然界で重要な役割を担っていると考えたファーブル先生が、興味津々に実験を繰り返します。

例えば、身近なハエ。

「3びきのハエは、一頭のライオンと同じくらいすみやかに、馬の死体を食らいつくす」と言われるくらい、ハエの繁殖力は強いです。1回に150個ほど卵を生んで、それらは2週間で成虫になります。

ハエの幼虫であるうじ虫も観察します。うじ虫には歯がありません。ファーブル先生はハエの卵を200個のせた肉と、肉だけの試験管を用意して実験をしました。その結果、ウジ虫が肉を溶かす液を出しスープ状にして餌にすることが分かったのです。

このように、足元で日常的に起きている知らない世界を教えてくれています。

私は、きっと、そこに惹きつけられるのでしょう。皆さんはいかがですか。 

2020年11月17日火曜日

恋の相手は女の子

おはようございます!本日は、高2の長田さんからです。長田さん、ありがとう!ご一読ください。

『恋の相手は女の子』室井舞花/著(岩波ジュニア新書) 

作者の舞花さんが自分の恋愛対象に疑問を抱き、それを自分の中で受け止め、生きていく姿を書いた本だった。

彼女は13歳の頃に初恋をするが、相手を「好き」だと認めたくないと書いていた。それは、テレビの中で「男らしくない」言動の男性が「いじられる」役で映されていたり、男性の先生が「俺はホモじゃないからな」と笑いを取ることがあったから、彼女は「同性を好きになるのは"ふつう”じゃないこと」という考えの中に育ったからだと書いてあった。

大学生になった彼女は名古屋のピースポートセンターで実施される説明会で、友人がレズビアンだと知る。友人の自分を認め、それを伝えようとする姿勢に心を動かされ、自分自身のカミングアウトを決めた。姉、父、母、叔母にカミングアウトをした。舞花さんの家族はそれを喜んでくれた。舞花さんはそれからぶいちゃん(奥さん)と結婚し、式を挙げた。

私はこれを読んで、彼女は恵まれていたんだなと思った。確かに、友人に心を動かされるまでの悩みは相当堪えるものがあったと思う。でも、彼女の家族はそれを責めたりせず受け止め、結婚も出来たのだ。

今でこそ少しずつ理解されてきているかもしれないが、保健の授業でLGBTのビデオを見た時に、戦争を経験している人達のLGBTに対する見解を聞いたことがあるが、自分の性や恋愛対象についてあまり考えられていない時代に育った人に置いて、それはあまりに異様でおかしな存在として認識されていた。

でも、今は違う。彼女は「生きていれば未来は明るい」と伝えたいと言っている。

2020年11月16日月曜日

アニメ!リアルVSドリーム

おはようございます!本日は、高3の今井さんから、

『アニメ!リアルVSドリーム ジャパン・アニメに未来はあるのだろうか?』岡田浩行、武井風太/著(岩波ジュニア新書)です。今井さん、ありがとう!

選んだのは、「アニメ!リアルVSドリーム」というタイトルで、純粋にアニメーションに興味があったので手に取りました。

この本では、アニメに詳しいオタクの「フウタ」とアニメに詳しくはないけれどテレビ業界のことをよく知るアニメ会社の社長「ヒロ」という、著者二人をデフォルメしたキャラクター同士の掛け合いで、アニメというコンテンツを様々な方向から掘り下げています。

私が特に興味を持ったのはアニメ会社の過去から現代までの系譜や現在(2010年代)実際に行われているアニメ制作の過程などです。

日本のテレビアニメの黎明期、「虫プロ」「東映動画」の二大勢力がそれぞれの方向で演出や技術を特化させ、対立しているような状態の時代もあって、そこからいろいろなアニメ制作会社が派生していったという話や、有名な漫画原作のアニメ「ちはやふる」の絵コンテからレイアウト、原画を起こしていく過程の一挙手一投足を見せてくれたりと、アニメ関係者でないと知ることのできない細かい過程や事情も聞ける、貴重な情報も盛りだくさんな一冊です。

また、取り上げられるアニメのタイトルも、年代があまり偏っておらず、2013年の時点での最新の作品である「ちはやふる」を取り上げていて、「あ、この人たちは本当に若者に向けた本づくりをしているんだ」と少し好感をもちました。わかりやすくキャラ付けされ、デフォルメされた著者二人の掛け合いは「新書ってちょっととっつきにくい」と思っていた自分もすいすい読めてしまい、他の新書に手を出してみるのもいいかもしれない、と思える内容でした。

本書は2010年代のアニメ業界の問題点などにも触れられていますが、2020年代に入っても、まだまだ滞っている部分が多くあり、今読んでもなるほどと考えさせられる箇所ばかりでしたので、情報が古すぎて使い物にならない、ということはないように思います。少しでもアニメ業界に興味を持った方は、ぜひ。

2020年11月15日日曜日

子ども白書2020

おはようございます!本日は、

『子ども白書2020』日本子どもを守る会編(かもがわ出版)です。

本書は地味な存在ですが、子どもをめぐる一年を多角的に知り得る貴重な資料です。

特に今号は、マスクをした子どもたちがソーシャルディスタンスをとっている表紙イラスト、例年と状況が大きく異なることを思い知らされます。

巻頭は、緊急企画「コロナ子どもクライシス」。突然の一斉休校要請で大混乱になった学校・学童保育など、子どもを取り巻く現場での格闘や、貧困など切実な問題に警鐘を鳴らします。

休校中の家庭では、ゲームやユーチューブにいそしむ子どもたち。魚のさばき方の動画を見ていることに気づいた母親がとった行動は、ナマの魚を買ってきて一緒にさばくことでした。魚から、親子の会話も広がります。学習面の必要性と葛藤しながらも、子どもを観察し興味を知り、リアル体験で居場所づくりを優先した事例が心に残ります。

その他に、希望の学校を実現するための提言や子どもたちの本音、グレタさんを生んだスウェーデンの若者参画社会などが紹介されています。

「新しい生活様式」での工夫された活動が、既にあちこちで広がっています。子どもとの対話や人とつながりあい協力することは、ますます重要になるでしょう。

子ども・教育分野で初のコロナ問題単行本。20人余の専門性ある編集委員の総力で、コロナを機に浮き彫りになった家庭の困窮・格差や学校に求められる役割を基に、これからの学校と学びの行方について社会の根底から問いかける一書です。

2020年11月14日土曜日

支配の構造

おはようございます!本日は、高3の築地晃生君からの寄稿です。晃生君、ありがとう!ご一読下さい。

『支配の構造 国家とメディア―世論はいかに操られるか』堤未果、中島岳志、大澤真幸、高橋源一郎/著(SB新書)

私たちは常に情報の中に生きている。

想像してほしい。外へ一歩踏み出せば、幾多の建築物が目に飛び込んでくる。それがある飲食店だったとして、店先の看板には何が書いてあるだろうか。24H営業の表示か、今日の日替わりランチプレートか、それとも無農薬野菜と生産者の顔写真か。もし、日替わりのランチプレートが輝くほど美味しそうに見えたのなら、店内に入って食べてみてもいいかもしれないが、それが本物ではないことを知っている私たちは迂闊なことはしない。さっさと別の看板へと視線を移すだろう。

突然だが情報というのは2種類ある。そのひとつは眼に見えない身体的な感覚。もう一つは私たちに目に見えるようにコントロールされた言葉や図表。

ランチプレートが美味しいと感じるのは身体的な情報からだが、ランチプレートが美味しそうと思わせるのは後者の記号的な情報。その二つを組み合わせて見せる看板の写真は情報の媒体であり、メディアと訳すことができる。

一般的にメディアと言って思い浮かぶのは、テレビや新聞、携帯で見れるネットニュースなどで、感覚的な表現でいえば、価値のある情報を運ぶためのものとして受け取られているだろう。

しかし実際にそれらの情報を構造的に見てみると、その正しい根拠など何処にもなく、誰かの搾取目的で作られた虚偽だったとしても不思議ではない。それは輝くランチプレートの写真のように。

支配の構造では現行のメディアへの不信感をもとに4人の著名人たちがメディア論を展開する。

中でも高橋源一郎氏が『華氏451℃』を軸にメディアについて文学的なアプローチを行う章は読みやすい。資本主義性による効率化は私たちの手によって作られる物だとしており、メディアもまたそれに乗っ取り合理化、単純化の進んだ世界がブラッドベリの描く『華氏451℃』の世界だと高橋はいう。

およそ70年前に作られた小説の中に現代を思わせる金言があるというのはとてもおもしろい。

この書籍はメディア、ジャーナリズム、ナショナリズム、デモクラシー、文学の話と短いながら貴重な話ばかりで読みごたえがある。

2020年11月13日金曜日

I ・Me ・Mine ジョージハリスン自伝

おはようございます!本日は、7期生の沖内辰郎さん。(在校時の通称:Qちゃん)Qちゃん、4回目のご寄稿、ありがとうございます。感謝してます!作品は、あのビートルズのジョージハリスンの自伝です。ご一読を。

『I ・Me ・Mine ジョージハリスン自伝』ジョージ ハリスン著(河出書房新社)

ビートルズのメンバーであったジョージハリスンの人生って「空間とその重要性、動ける場所、息が出来る場所」を探して、時には1人になれる場所をめぐる争いをした人物の人生だって言えるかもしれない。

この本は主に4つのパートになってる。

半自伝的パート、写真のパート、そして80曲以上の自作曲の作曲当時の歌詞と、ジョージ本人のコメントのパート(ジョージの作曲時のアイデアが溢れた筆記体が読めるのはとても楽しいよ)

そして、新装丁版の巻頭を飾るのはオリヴィアハリスンの序文。オリヴィアの序文は1974年の10月の夜のジョージと初めて会った思い出から始まっている。

まずこの本の題名でビートルズ時代の曲でもある「アイミーマイン」について。本当は自分のものなどこの世には何もない。という意味だ。大文字のでなくて小文字の「i」ぐらいがしっくりくると言っていたジョージの根底にあった諦観の情を代弁している。

この本はブライアンロイランスが企画し、ライターのデレクテイラーとジョージによって紅茶をたくさん飲み、笑いながら計画された。

インドの古典であるバガヴァットギーダーの引用を挟んでジョージの自伝は、ビートルズになる前クォーリーメンというバンドを名のるさらに前、リヴァプールのアーノルドグローブアンアダプテッドという場所にあった生家の思い出から、そして市内随一の進学校リヴァプールインスティチュートで落ちこぼれの暗黒時代から始まる。

彼にとってバンドでギターを弾くのは息をつくことのできる場所だったのだろう。ビートルズが世界中の人気者になる頃には息をつける場所をまた別に探さなくてはならないハメになったのだが。

インドにてシタール奏者のラビィシャンカールに出逢うべくして出逢う!ラビィにとっては世界の人気者ビートルズと知り合いになれたのは大きな事だったし、ジョージも流行のポップミュージックには興味が湧かなくなっていたので熱心にインド音楽の古典を勉強した。彼はここでやっと生まれて初めて正式な音楽のレッスンを受けたのだ。お互いの友情と師弟関係は生涯続いた。

この本はまだ若い頃に書いた自伝なので示唆に富んでいると思った。そう、まだまだジョージの息つく場所を求めての旅は続くのだ。僕が初めてジョージを意識したのはトラベリングウィルビリーズの頃かな?天気のいい晩秋の牧草のような音楽だと思った。

この次はラビィシャンカールの自伝を読んでみようと思う。

ちなみにこの本はすべての庭師に捧げられている。 

2020年11月12日木曜日

いま学校が面白い(日本映画学校)

おはようございます!本日は、高2の平井ふうさんの寄稿です。ふうさん、ありがとう!ご一読ください。

『いま学校が面白い』佐藤忠男/著(岩波ジュニア新書)です。

この本は川崎市にある専門学校、日本映画学校とその生徒たちについて、その校長であり映画評論家でもある、佐藤忠男さんが書いた本です。

日本映画学校は、カンヌ映画祭で二度もグランプリを受賞した映画監督、今村昌平が同志の映画人たちと一緒に、1975年に作ったものです。この学校は入学試験こそあれど、(佐藤さんは、終始一貫して入学試験というシステムには異を唱えている)自由の森と少し重なる教育の姿勢をとっていると感じました。映画を学びたいという一心で集まったさまざまな年齢、成績、国籍、境遇の生徒たちが、それぞれでテーマを決め、議論などを重ねに重ねて実際に映画を作るという、型破りな学校でもあるのです。またそれらの、生徒が作った映画は、国内外で高い評価を受けるものも多いそうなのです。

この本の3分の1くらいは、それらの映画の良い点、あるいはなぜ素晴らしい映画ができたのかという話でした。わたしが全体的に感じたことは、技術や経験が少ないながらも、だからこその熱、正直さが心に響くのだろう、ということでした。また、佐藤さんは、映画を作る過程で、それぞれが自分、あるいは家族や他人と向き合い(向き合わざるを得ず)、生徒がよりよく変化していくということを、とても大事にしているという印象を受けました。

この本は基本的に映画のことを言っているけれど、そのほかにも通ずることの多い内容だったと思いました。特に、真っ直ぐに人に向き合うこと(この学校の創立者、今村さんは、教育理念として「人間に興味を持て」と繰り返し言っている)、それぞれの個性を押し出して本気で議論をすること、深く観察し、より深い真実を見出すことなどは、わたしたちが学校で学んでいくうえで大事なことだと思うし、学校でなくても、自分の成長やより良い人間関係のためには必要なことだと思いました。

2020年11月11日水曜日

ダイエット幻想

おはようございます!本日は、高3の大西りょうさんの寄稿です。りょうさん、ありがとう!

『ダイエット幻想』磯野真穂/著(ちくまプリマー新書)です。

選ばれたい、愛されたい、その為に 痩せたい。

本書ではダイエットを通して私たちが抱く承認欲求を見つめ、特に女性たち承認欲求の中にある危うさについて指摘し、食べ物や身体を数値化することで世界から彩りを消し去り、食べるという生きるために必要なものを失っている、ということを警告している。

 私たちが抱く承認欲求は必ず他者との無限比較によって存在している。それは「わたし」というものはそもそも他者との差異によって生まれたものであるからしてどう足掻いても承認欲求から逃げることは出来ない。

その中で痩せることが何故承認欲求を満たす事になるのか、それは現代に生きるものなら言葉にせずとも気付くであろう。現代には痩せることによって好きな人と付き合えただとか、カースト上位のクラスメイトと仲良くなれただとか、そんな物語で溢れていて、痩せることは「選ばれる」そして「愛される」事だと皆が認識していく。特に外見によって評価が大きく左右され、男性から「見られる」視点を内面化し自身のアイデンティティを確立させる女性はその「差異の欲望」に飲み込まれていく。

そして、ダイエットとは食べ物と身体を数値化せずにはいられない。数値化の概念によって”おいしさ”や食事によって感じる背景を薄れさせてしまう。それに気が付かぬままでは生きる彩りを失う事になる。食べることは生きることである。だからこそ他者との差異によって生まれた欲望に全てを振るまう必要はない。

本書は素晴らしく客観的に、ダイエットに潜む私たちを解き、視野を広げて、俯瞰させ、世界を変える方法を教えてくれている。ただ、外見によって窮地立たされている女性の半数は 「そんな事言われても、」と思うのではないか。恥ずかしながら私は本書が説く自分らしさをまだ、受け入れられずにいる。認められたい。愛されたい。残酷な結末を招いても。

貴方は、どうですか。

2020年11月10日火曜日

内戦の地に生きる

おはようございます!本日は、高3の岩井路加君の寄稿です。ありがとう、るか君。ご一読、ください。

『内戦の地に生きる フォトグラファーが見た「いのち」』橋本昇/著(岩波ジュニア新書)です。

いきなりですが、こんな言葉を聞いたことはないでしょうか?

「今もアフリカでは貧しい子供達が苦しんでいる」

僕はこういった言葉を耳にする時、どうしても身近に感じられず、反発心さえ持ってしまうことが多々ありました。だけど僕は、ある本を読んで、アフリカどころか実際は世界中で多くの人が苦しんでいる現実を受けとめなければならないと思い始めました。それが本書です。

この本では、著者の橋本昇さんが撮った写真と文章によって、ボスニア・ヘルツェゴビナや南スーダンなどの内戦の地に生きる人々の姿や、彼らを取り巻く状況や背景が紹介されています。著者は、有名なアメリカの雑誌『ライフ』誌『タイム』誌でも活躍し、国内の被災地や内戦地域を主に30年間活動し続けているフォトグラファーです。飢餓に苦しむ子供の写真、交戦地域でハグを交わすカップルの写真など、過酷な現実に打ちのめされている人々やそれでも懸命に生きようとする人々の姿が一冊の中に詰まっています。

僕が特に心を打たれたのは、1994年のルワンダについての章です。当時のルワンダでは、フツ族による、約100万人のツチ族に対する大虐殺が起きました。著者は、道路に打ち捨てられたツチ族の人々の死体や、ツチ族の戦闘グループによって国を奪われた大量のフツ族難民を目の当たりにします。最初は、フツ族の難民たちに懐疑の目を向ける著者。しかし、コレラの流行によってバタバタと難民が死んでいく状況が描かれた文章を前にして、次第に、僕も著者と同じように揺らいでしまいました。道徳や真理のようなものを差し込める余裕もないほどの悲惨でやるせない現実に目を見張る他ありませんでした。

冒頭で取り上げた「今もアフリカでは貧しい子供達が苦しんでいる」という言葉。事実ではあるけど、すごくボヤッとしたこの言葉に違和感を抱く人は、かつての僕を含め少なくはないと思います。この本は、そんな僕らのレンズをズームインさせ、ピントを合わせてくれます。どんなにあいまいでも事実である限り、たくさんの国のことを具体的に知れば、スッと受け止めることができると思います。

また、僕らの頭上を飛び交う情報は、歩幅を合わせてはくれません。テレビCMやSNSでは、すぐに目の前を通り過ぎてしまうスピードで情報発信がなされています。そういった情報を無理やり受けとめようとすると、反動が生じてしまうのは当然だと思います。この本に載っている写真や文章を目で辿ることで、自分に適した速度で受けとめることができたと、僕は感じました。

そして、福島県飯館村を扱った最終章を読めば、世界中の人々の苦しみや喜びは、自分と全く無関係ではないと確認できると思います。今なお続く飢餓や内戦、政治動乱に目を向け、それでも生きようとする人々の存在にまず気づくことで、現実に対して行動を起こせるようになるのではないでしょうか。

今この瞬間を生きようとしていた人々が、この本を通して、僕らを奮い立たせてくれます。

2020年11月9日月曜日

アラスカを追いかけて

おはようございます!本日は、

『アラスカを追いかけて』ジョン・グリーン/作 金原瑞人/訳(岩波書店STAMP BOOKS)です。

「素晴らしい可能性を探し」にアラバマの高校へ転入、新たな寮生活を始めたマイルズ。

仲間たちとのタフで目まぐるしい体験が語られ、何よりも彼はカリスマ的魅力にあふれる女子「アラスカ」と遭遇し、恋をします。

物語は、その「アラスカ」に起こる出来事=「彼女の死」へとなだれ込むカウントダウンの日々と、マイルズたちが彼女の死から頭や心を浮上させる後日譚が綴られていきます。

本書は、その巧みな構成と、若者たちの軽妙かつ刺激的な会話を通して、突然の重要事とそれに向かい合うこと、そして深い苦悩の迷宮と、そこにある新たな希望の可能性を探求するYAたちの姿を描き出しています。ご一読を。 

2020年11月8日日曜日

珪藻(ケイソウ)美術館

おはようございます!本日は、科学絵本・図鑑である、

『珪藻(ケイソウ)美術館 ちいさな・ちいさな・ガラスの世界』奥 修 文・写真(福音館書店、たくさんのふしぎ傑作集)です。

0.1ミリにも満たない藻の仲間、ケイ藻を集めてガラス板に敷き詰めた作品を、世界でも数人しかいない「珪藻アート」作家の奥修さんが一冊の本にまとめたものです。

ケイ藻はガラスの殻に包まれた藻の仲間。数万種類以上いるとされ、形もさまざまだ。殻の標本を美しく並べる観賞用のプレパラート作りは、あまりにも細かく難しい作業のため、世界で技術を持つ人は少ないそうです。

顕微鏡のレンズ越しに彩られた世界は丸や三角、星形など、さまざまな形の宝石をちりばめたようです。

ガラスでできた殻をもつ藻、珪藻。海や川、自然のなかから珪藻。顕微鏡をのぞきながら、まつ毛や針先でつくった道具を操り珪藻をならべていきます。完成した珪藻アートは直径1ミリほど。ストイックな職人の技を極めた先に姿をあらわすのは……肉眼では見えない極小の世界の極限の美しさです。

繊細で美しい「珪藻アート」の魅力に迫る『珪藻美術館』は、2019年に月刊絵本「たくさんのふしぎ」の6月号として刊行され、大きな反響を呼びました。今回、ハードカバー化に際し、著者の子ども時代のエピソードもまじえながら書かれた、刊行当時の「作者のことば」から。

「幼少の頃、よく海に連れて行ってもらいました。相模湾の潮だまりで、エビ、ヤドカリ、ウミウシ、いろいろな生き物を採集して楽しくて仕方がなかった記憶があります。(中略)

ちいさな頃から星が好きでした。親戚に買ってもらった図鑑をみては宇宙に思いを馳せ、夜空を眺めていました。(中略)

また、花火が大好きで、近所で花火大会があるといつも見に行っていました。夜空に次々と輝く花火を見ていると心が洗われるようで、遠くの花火大会にも出かけるようになり、花火の本を買って勉強もしました。

大学では海洋化学系の研究を続け、試験管やビーカーを扱いながら、いろいろな化学処理を行う技術を身につけました。同時に、顕微鏡についても勉強し、珪藻とも出会いました。そして研究者になってからは、給料で自分の顕微鏡を購入して、職場でも自宅でも顕微鏡観察ができるようにしました。

こうして書いてみると、世界で数人しかいないと言われる「珪藻を並べる」という仕事は、私の人生にぴったりという気がしてきます。本書でご覧頂いたように、完成した珪藻アートはまるで花火や星空のように美しく、珪藻の採集は幼少期の遊びと変わりません。大学や職場で勉強した化学や顕微鏡技術も役に立ち、「顕微鏡で見る花火や星空」を作っているかのようです。このように人生の経験というのはつながっていて、仕事に活かすことができます。皆さんも、様々な体験に夢中になったことがあると思います。ぜひいろいろな体験を積み重ねて頂き、そして将来、自分は何をしてきたのか振り返ってみてください。きっとその先には、あなたにしかできない素敵な仕事があるはずです。」

2020年11月7日土曜日

りんご だんだん

おはようございます!本日は、写真絵本、

『りんご だんだん』小川忠博/写真と文(あすなろ書房)です。

そろそろ、りんごの季節ですね。おいしそうな「りんご」。食器棚に1年ほどしまっておいたら、どうなると思いますか。その過程をそのまま写真で紹介した絵本です。

こっそり食器棚にしまっておいたりんご。20個は原形をとどめず朽ちていきましたが、ひとつだけ、奇跡のりんごがありました。

最後は、衝撃的ですよ。

だれも見たことのない、変わりゆくりんごの姿を追った346日の写真観察、変わっていく命の姿見つめています。

『りんご だんだん』にでてくるリンゴは優秀なりんごだそーです。ちなみに、みなさんは、発酵してすごい臭いがするのでは?と思われるかもしれませんが、途中「しなしな」のりんごのあたりで「ツンッ」とする臭いがするものの、きつい臭いはなかったそーです。

発酵したりんごから泡が吹き出していた時や、虫が発生するという思わぬ変化を見せたときの驚き。(この虫は、「ノシメマダラメイガ」の幼虫と「ゾウムシ」の一種だということです。)

本書は、言葉はごく簡潔で、詳しい説明はないのですが、生きているものは、時間とともに否応なく変化していくこと、そして、それを糧にしてまた次の命が育っていくことなどが、リアルな写真から伝わってきます。ご一読を。 

2020年11月6日金曜日

ここにいる

おはようございます!本日は、絵本

『ここにいる』あおき ひろえ著(廣済堂あかつき)です。

三人姉妹の真ん中の子が、なき父親の思い出を綴ります。

なんでもない日常のことと、特別な日のこと。

おとうさんは、働くことが大好きで、日曜日には畑仕事、春の畑で採れたエンドウの卵とじが好きでした。

ひざに座らせて絵を描いてくれたこと。

原稿用紙に現れた、居眠りする猫の絵。絵描きさんになりたいと言ったら、次の日、仕事の帰りにクレヨンを買ってきてくれたこと。暗くなるデッサン教室の帰りには、迎えに来てくれたこと。

中学生、高校生と成長するにつれ、わたしの夢を支えてくれる存在に。

独り立ちのはなむけは、包丁とはさみ。そして、結婚相手を連れて行ったとき、みんなが反対する中でおとうさんが言ってくれたひとこと、「わるいひとには とても みえない」。

(ちなみに、作者のパートナーは、やはり絵本作家の長谷川義史さんです。)

孫ができて、おじいちゃんなってから、亡くなるまでのいろいろなこと。

おとうさんのお兄さんは、戦争に行ったきり帰ってきませんでした。このページの絵は、お昼寝するおとうさんと、その上を飛ぶたくさんのシオカラトンボ、そして、テレビ画面の中の戦闘機です。少ない言葉から、かえって、静かに平和を願う作者の心が伝わってきます。

病院の真っ白なベッドは寝心地が悪くて、家に帰りたがったこと。わたしがキツネの出てくる物語を読み聞かせしたら、とても喜んでくれたこと。

おおらかな絵と、簡潔で優しい言葉が、懐かしいような人恋しいような感覚を呼び覚まします。どのページにも余分な言葉がありません。

本書は、絵本ですが、歳を重ねた読み手のほうが深く感じるところが多くあるかもしれません。どのページも自分に引き付けて読むことができます。本の世界が広がります。

おとうさんとわたしの日々、その最期の日までを、しみじみと、色あざやかに描き出します。

だれもが自分を重ねて読むことができ、人生が愛おしくなる絵本です。

                 *

いっせいに咲いた花の中で、おとうさんは旅立ちます。「この人生をまっとうした おとうさん おめでとう」

・・・そして、・・・わたしが故郷へ帰ってみても、「へやにも、にわにも、はたけにも、どこをさがしても いないのです。」切ないですね。寂しい、やり場のない思いです。

「でも、ひとつ わかったことがあります。それは……」

「わたしが おもえば、いつも ここに いる。」

2020年11月5日木曜日

あらためて、グレタ

おはようございます!本日は、

『グレタ・トゥーンベリ』ヴィヴィアナ・マッツァ/著(金の星社)です。

世界の名だたるリーダーがい並ぶ前で「How dare you! よくもまあ、そんなことができますね。」と、気候変動の危機を訴え、持続可能な世界に移行するための一日も早い世界の一致と実現をと、スピーチしたグレタ。

あの少し斜めの目線で、口をキッと結んで見すえるグレタの顔が表紙を飾っています。

1章は今、世界を変えているこの少女の素顔と、このような活動を起こすきっかけになったできごと、グレタを支える家族や思いについて

2章では、グレタの活動から生まれた世界に広がる仲間たちの紹介

3章では、グレタが問題としている気候変動についてわかりやすく説明しています。

また、巻末には、国連気候変動サミット(2019/9)や世界経済フォーラム「ダボス会議」(2020/1)でのグレタのスピーチが原文で掲載されていて、改めてグレタの思いが伝わってきます。

テレビや新聞で伝えられたグレタの強い口調のスピーチにこめられた思いが、その素顔を知ることによって、地球温暖化対策を自分のこととして行動に移していく知恵と勇気を手渡してくれる本です。

いったい何が彼女を衝き動かしているのか。彼女は何を訴えているのか。本当は“学校の勉強が好き”で、“目立つことは得意じゃない…”。グレタ自身の言葉も交えつつ、<気候のための学校ストライキ>を始めた理由や、彼女の行動が世界に与えている影響が、等身大の彼女の暮らしとともに描かれています。

地球温暖化に対して行動を起こし、世界中の注目を集める17歳の少女、グレタ・トゥーンベリ。彼女の等身大の人物像やその活動とともに、地球が直面している気候変動にまつわるさまざまな課題について理解を深められる本書を、あらためて、どうぞ。

2020年11月4日水曜日

チョウはなぜ飛ぶか

おはようございます!本日は、

『チョウはなぜ飛ぶか』日高敏隆/作 舘野鴻/カバー・扉画(岩波少年文庫)です。

作者は小学生の頃、家の周りに飛んでくるアゲハチョウには飛ぶルート(チョウ道)があることに気がつきました。近所の大人の助けを借りて、そのルートを丹念に記録し、分析して少しずつ謎を解き明かしていきます。

やがて大学で学生を指導する立場になってもその追求の姿は変わりません。

オスはメスのどこを見て惹かれるのか。羽の模様の色や形を模したモデルをたくさん作り、つきとめるあたりは実験科学の真髄を示していると思われます。

作者・日高さんの文章のうまさには定評があり、読みやすいです。

ただし、あとがきにあるように、作者は「研究で何がわかったかということではなく」「いろんな失敗やばかばかしいまちがいを書きたかった」そうです。面白いなあ。

日本における動物行動学の草分け的な存在である作者が45年前に書いたものを、さらに高校生向けに「新版」として22年前に出されたものが底本となり、今回、岩波少年文庫化されました。

あらたにエッセイが加わり、繊細な描画でカバー・扉画を手がけた舘野鴻氏が解説を寄せており、本文とともに味わい深い一冊となっています。ご一読を。 

2020年11月3日火曜日

つかう?やめる?かんがえよう プラスチック

おはようございます!本日は科学絵本を紹介します。

『つかう?やめる?かんがえよう プラスチック』キム・ウンジュ/ぶん イ・ジウォン/え(ほるぷ出版)です。

2020年7月から買い物袋が有料になりました。また、最近では紙ストローの誕生や大手菓子メーカーの袋菓子が紙パッケージになったことも話題となりました。それは、プラスチック製品の使用をできるだけ少なくしようということからです。

ニュースでは、プラスチック製品を誤って飲み込んだ海の生き物に深刻な問題を起こしていることを取り上げられています。

じょうぶで便利な素材、プラスチックは、わたしたちの暮らしに役立ってきました。しかし、今、捨てられたプラスチックが、世界の海で生き物たちに深刻な問題を引き起こしているのです。

この絵本では、プラスチックのすぐれた特性、製造の方法から開発の歴史など、プラスチックの成り立ちを知りながら、使用後の廃棄方法、リサイクル方法とその問題点、海に流れだしたプラスチックごみが生物にあたえる深刻な影響まで、豊富なイラストでやさしく、わかりやすく伝えます。

著者によると、このままでは2050年には世界の海のプラスチックごみが、すべての魚の量よりも多くなってしまうそうです。

けれどもプラスチックは丈夫で便利、我々の暮らしには欠かせないものですよね。さて、これから私たちにできることは?

・・・と、もしYAの皆さんが子どもたち(小学3・4~)と考える機会があるときには(決してないとは言えないでしょう)、本書は「入門編」として最適です。

2020年11月2日月曜日

『フィネガンズ・ウェイク』を読む(2)

おはようございます!ダブリン在住の21期生・早川健治氏の寄稿です。ありがとうございます。昨日に続いて、ジェイムス・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』についての紹介をお楽しみください。

夜の小説と夢の世界~『フィネガンズ・ウェイク』を読むということ(2)

(1)ではジェイムズ・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』を巡る言説や『ウェイク』を読む方法の一例を紹介した。今回は『ウェイク』が現代文学や現代の読者にとってもっている可能性について少しお話させていただきたい。

私は『フィネガンズ・ウェイク』を新しい文学の出発点として読んでいる……と書くと何だか大それたことのように思えるかもしれないが、「夜の小説」が「新しい」のは私たちの今の文化が偶然そうさせているにすぎない。そもそも、私たちは朝に目が覚めてから夜に眠りに落ちるまでに起きるものごとにばかり興味をもちすぎており、眠りに落ちた後に起きるものごとをあまりにもないがしろにしてはいまいか。夜の世界や夢の世界を舞台とした小説を書くならば、日中に目の覚めきった読者の意識には理解できないような文体、要するに『ウェイク』のような文体を選ぶのはむしろ必然的だ。

『ウェイク』の創作の手法は以下の通り。

まず、モチーフを選ぶ―「川辺で二人の女が洗濯をする」「子どもたちが数学の授業を受ける」「バイキングの船長が宴をする」「アイリッシュパブでクイズ大会」等々というように。

次に、このモチーフについての簡単な描写をする。それは20行~30行程度で良い。

ここまでは普通の小説と一緒だが、ここから「夜の創作」が始まる。20行~30行程度の描写の一行一行をなるべく複雑化しつつ反復していくのだ。英語で書かれた言葉をイタリア語の同義語と混ぜたり、Aを意味する言葉をBという意味の同音の言葉と混ぜたり、肯定形の表現に否定を混ぜたり、眠りや夜を示唆する言葉をアトランダムに混ぜ込んだり…… この手順を繰り返し、文章が日中の読者の感覚では意味が掴み取れないほどぐちゃぐちゃになったら完成だ。

この手法が適切である理由は、夢の特徴や役割に注目すればはっきりする。

夢をみているとき、私たちは往々にして強烈な感情や感覚に意識を支配され、日中のどんな妄想も敵わないような刺激的なイメージ群に心を奪われる。そのような夢の末に朝を迎えると、早速ベッドから飛び出て他の人たちに夢を伝えようとするが、思いのほか難しく、どんな言葉を使ってみてもなぜかうまくいかない。そうこうしているうちに、あれほど鮮明だったはずの夢もどんどん意識から遠のいてゆき、しまいには無意識の川へと流れ出ていってしまう。

つまり日中の言葉は夢の表現に向いていないのだ。

さらに科学的な視点から考えてみると、夢には「記憶の圧縮と整理」「脳の認知能力のテスト」という役割がある。(これは人工知能研究者のジェフリー・ヒントンの仮説だ)。夢をみているときにはアドレナリンの分泌が一旦停止され、脳は普段ならば緊張しすぎて向き合えないような経験を意図的に生成し、情報処理能力を鍛えたり、日中に体験したものごとを圧縮して保存したりしているのだ。夢の世界を表現するうえで、日中では耳にしないような高い情報量をもったぐちゃぐちゃの造語を使う理由もこれではっきりするだろう。

夜の世界を小説にするのは面白そうだ。手法もわりとはっきりしている。文体の根拠もある。では、なぜ『ウェイク』のような小説はその後ほぼ全く書かれてこなかったのだろうか。

一つ個人的な話をすると、2015年から2019年までの四年間、ダブリンのスウィーニー薬局という『ユリシーズ』に登場する薬局で毎週日曜日に『フィネガンズ・ウェイク』の公開読書会のまとめ役をやらせてもらったことがある。毎週、観光客やダブリンの地元の人たちが(ほとんどの場合興味本位で)参加し、『ウェイク』から数ページ音読するのだが、私の記憶では心から『ウェイク』を楽しんで読んだ参加者はほんの一握りしかいなかったように思う。『ウェイク』を口頭で紹介すると決まって「それは面白そうだ、どれどれ読んでみよう……」となるのだが、いざ本を開いてみると魔法が解けてしまい、読書会の最後には「面白かったけど、私には少し難しすぎたかもしれない」というような感想をつぶやく。それはそれで一つの読書体験であり、そうやって普段ならば読まないようなテキストを声に出して読んで身体の中に入れるのも良いことではある。

しかし現代の市場に出回っている文学や小説が読者の嗜好を『ウェイク』にスッと入って行けないような方向へ操作しているというのも少し悲しい事実として認めざるを得ない。『ウェイク』は書くのも読むのもそれほど難しくなくてよいはずの作品だが、今の私たちの文化や社会の状況がこれを難しくさせている。

幸いにも、柳瀬尚紀による日本語訳は視覚的にも聴覚的にも豊かなテキストであり、一語ごとに強烈な身体的感覚やイメージ群が立ち上がってくる。

ある意味ジョイスの原文よりも一段と楽しい読書ができる作品に仕上がっているとさえ言える。

『ウェイク』は一人で読んでもよいのだが、やはり本書の醍醐味を知るには数名が集まって声に出して読み、感じたことを共有し合うという方法が一番良いと私は思う。文学や小説に関する嗜好や先入観が凝り固まらないうちに、オフライン・オンライン問わずそのような自由な読書の場を作り、ぜひ『ウェイク』を読書仲間たちと一緒にじっくり読んでみていただきたい。

「夜の小説」の執筆にも挑戦してみてはいかがだろうか。きっと夢のような作品が生まれるだろう。

2020年11月1日日曜日

『フィネガンズ・ウェイク』を読む(1)

おはようございます!ダブリン在住の21期生・早川健治氏が、5/20の『普通の人々の戦い』の紹介に続いての登場です。ありがとうございます。本日と明日の2日間、ジェイムス・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』についての紹介をお楽しみください。

夜の小説と夢の世界~『フィネガンズ・ウェイク』を読むということ(1)

ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』は今もなお広く読まれ愛されている作品だ。ユリシーズ的な手法で書かれた小説はたくさんある―例えばアメリカではトーマス・ピンチョンの『重力の虹』、日本では多和田葉子の『百年の散歩』などが浮かぶ。これからもユリシーズ的な作品は書かれ続け、日中の人間生活を細部まで映す鏡となって私たちにたくさんの発見をもたらしてくれるだろう。

対して『フィネガンズ・ウェイク』は広く読まれているとはとても言い難い。『ウェイク』について語る作家や批評家はたくさんいる。柳瀬尚紀訳(河出文庫『フィネガンズ・ウェイク1』『フィネガンズ・ウェイク2』『フィネガンズ・ウェイク3・4』)が出版されたときにも著名な文筆家たちから多くの賛辞の(惨事の?)言葉が贈られた―「輝ける帰還」(井上ひさし)、「世界でも唯一の」(柄谷行人)、「最後の小説」(高橋源一郎)、「究極の道楽」(丸谷才一)、「歴史的な事件」(森毅)等々といった言葉だ。

しかしながら、これは『ウェイク』を読まなかった人が書く言葉ではないだろうか。そもそもジェイムズ・ジョイスは作家や作品の神格化を拒み、崇拝者を嫌悪する人だった。『ユリシーズ』刊行後、パリのホテルでランチをしていると、向かいの席から若いファンがやってきて、「握手させてください。あの『ユリシーズ』を書いた手を」と言うので、「良いですけど、他にも色々なことをやった手ですよ」とジョイスが答えたというエピソードもあるほどだ。(ちなみにこれはリチャード・エルマンの『ジェイムズ・ジョイス伝』(宮田恭子訳、みすず書房)から拝借した。エルマンの伝記はアイロニーとウィットが利いた語り口でジョイスの一生を描いている。ぜひご一読あれ)。

例えば『フィネガンズ・ウェイク』の有名な書き出しを読んでみよう。

 

川(せん)走(そう)、イブとアダム礼(れい)盃(はい)亭(てい)を過(す)ぎ、く寝(ね)る岸(きし)辺(べ)から輪(わ)ん曲(きょく)する湾(わん)へ、今(こん)も度(ど)失(う)せぬ巡(めぐ)り路(みち)を媚(ビ)行(コウ)し、巡(めぐ)り戻(もど)るは栄(えい)地(ち)四(し)囲(い)委(い)蛇(い)たるホウス城(じょう)とその周(しゅう)円(えん)。

l  川 ダブリンの中心を流れるリフィー川。通称「アンナ・リフィー」。

l  イブとアダム礼盃亭 リフィー沿いにある「無原罪の御宿り教会」の通称。

l  媚行 ヴィーコ。18世紀イタリアの哲学者。代表作『新しい学』では人類の歴史を巨人がだんだん小さくなっていく物語として表現した。

l  栄地四囲委蛇 エイチ・シー・イー、HCE。本作の主人公の略称。

l  ホウス城 ダブリン北部にあるホウス山のてっぺんの城。ダブリンが寝そべった巨人の身体だとすると、ちょうど鼻の部分にあたる。

l  「礼拝堂」も「礼盃亭」になると「亭」=旅館で「盃」に酒があふれ、どんちゃん騒ぎが始まる予感。

l  寝る、輪、曲がる、「今度も失せぬ」、巡り戻る、円→忘れられない夢、繰り返される夢。

l  アダムとイブが出てきた後で、HCEの中に蛇が隠れている。

聖書やダブリンといったモチーフはあるものの、とにかく錯綜した一文であり、考えれば考えるほど解釈が広がっていく。夢の作品の書き出しとしてはとてもよく練られたすてきな一文だと思うが、いかがだろうか。(続く)