2020年10月11日日曜日

草 ~日本軍「慰安婦」~

おはようございます!本日の紹介作品は

『草 日本軍「慰安婦」のリビング・ヒストリー』キム・ジェンドリ・グムスク/作画(ころから株式会社)です。

日本軍「慰安婦」「慰安婦」にさせられた李玉善(イ・オクソン)さんの足跡をたどる物語で、作画者のインタヴューを挿入しながら現在と過去を往復しつつ描かれます。戦時性暴力、植民地支配下での女性の痛みを描いています。

「慰安婦」、すなわち日本軍性奴隷を一人の生涯を通して明らかにする傑作グラフィックノベルです。

子ども時代(貧困)・乙女の時代(養女・「慰安婦」)・捨てられた中国の時代(どん底)・55年経って帰国してナヌムの家に住むようになる(解放)まで、と生涯をたどっています。

その中に日本の加害にあたる重要な事件、たとえば日韓併合・第2次上海事変・南京大虐殺・真珠湾奇襲と強制連行・創氏改名・日本語強制・強制労働もあります。日本の軍事的圧力が、一人の生涯にいかに苦痛を味わわせたか、それが見えるかたちで表現されています。

静かな流れでありながら、悲痛と裏切りに遭った物語は、見るものに深く刺さってきます。

何も描いてない空白のページがよく出てきます。セリフのないコマも多いです。黒塗りだけの個所が3ページもあります。しかしそこは李さんの心底をあらわした場面でもあります。

グレーを使わず、墨一色で明快に描かれた画面。背景として、どこまでも続く雑草の道、風に傾く枝、枝から千切れそうな葉、雪の中の黒い葉、人家のない山奥の道、怒っているような山影が、荒々しい筆致で描かれます。葉や草の一枚一枚が李さんの恐れ・痛みを訴えてきます。軍靴に踏みつけられても、押しつぶされても生き抜いた李さんの生涯は、草にたとえられます。女性は飾りものの「花」にたとえるべきでなく、「草」にこそたとえられるべきだ、という作者のメッセージがここに込められているのでしょう。

日本軍兵士による性的暴行の場面がどのように描かれているのか。作者は性的暴行の場面を再現することはしないと決めていたそうです。そして、具体的描写は一切なく、しかし間接的な描写ながら少女が受けた被害の残酷さは見事に伝わるコマ作りになっていました。

そして、この本は単に日本軍による加害だけを声高に糾弾するものではなく、貧困と戦争により翻弄されこれ以上ないというほど悲惨な目に遭いズタズタに傷つきながらも真っ直ぐに逞しく生きてきたひとりの女性の人生を、深い敬意を込めて描いたものです。

韓国とフランスで芸術教育を受けたという作者は、フランス語で白土三平やつげ義春といった日本の漫画に深く馴染んできたそうです。この作品はグラフィックノベルの世界的潮流のど真ん中にあります。フランス語、英語、イタリア語などに翻訳され、ニューヨークタイムズで「ベスト・コミック2019」に選ばれるなど高く評価されています。李玉善の伝記であり、同時にキム・ジェンダリ・グムスクの自伝でもある本作は、個人の体験を社会へ還元する試みとして、とても優れています。

史実としても、またアートとしても、広く読まれてほしいです。