おはようございます。17期生の山口洸さんが、前回6/8に続き、再び寄稿してくれました。洸君、ありがとう!今回は、人種差別について考えるキッカケとなる本、三冊の紹介です。 どうぞ、ご一読ください。
〇 私が自由の森学園で初めて歌ったのはTHE BLUE HEARTSの「青空」でした、みなさんはどうでしたか?
曲のサビに「生まれたところや皮膚や目の色で いったいこの僕の何がわかるというのだろう」という歌詞が出てきます。これは人種差別への皮肉というのが私の解釈ですが、なぜ曲の後半にバスが出てくるのか長いこと分かりませんでした。
そんな事もすっかり忘れていたある日、私はアメリカの博物館で1台のバスに出会います。これは1955年にローザ・パークスが逮捕され、モンゴメリー・バスボイコット運動の発端になったバスでした。この運動はアフリカ系アメリカ人公民権運動へと発展していきます。
そのアメリカではいま、ミネソタ州でジョージ・フロイドさんが警察官に首を押さえつけられて死亡した事件を発端に、人種差別への抗議が大きなムーブメントなっています。
今回は人種差別について考える入口になるような本を3冊紹介しようと思います。
『ザ・ヘイト・ユー・ギヴ』アンジー・トーマス/著 岩崎書店
ずいぶん刺激的なタイトルだなと思って手に取りましたが、内容もなかなか刺激的な小説です。
物語は16歳の女の子、スターの視点で進んでいきます。黒人(あえてこの言葉を使います)の彼女は低所得者層が暮らす地域に住んでいますが、裕福な白人が多く集まる私立学校に通学しています。スターは価値観が異なる2つの世界を行き来する自分を自覚しながら、うまくやろうと気丈に振舞っています。
そんなある晩、幼馴染のカリルが眼の前で警官に射殺されてしまいます。警察は無抵抗のカリルを撃った行為を正当化するため、少しずつ事実を捻じ曲げていきます…。
この小説にはアメリカで暮らす黒人がどんな差別や格差を抱えて日々を生きているか、本当に細かく描かれています。当事者でなければ理解できない事は沢山あります。それでも他者の気持ちを想像するのは人種差別を考える過程でとても大事なことです。
(※ この本の書影の貼り付けはできませんでした。)
「GO」金城一紀/著 角川文庫
私が子どものころに住んでいた街には日本で最も古い歴史を持つ「東京朝鮮中高級学校」がありました。ですから私が初めて認識した国境は北朝鮮との間にあり、差別がどういうものか日常で体験することになります。これはそんな時に出会った小説です。
日本で生まれ育った<在日朝鮮人>の杉原は民族学校という世界から脱けだし、<在日韓国人>に国籍を変え日本の高校に入学します。それは孤独な選択で、かつての仲間や先生からは裏切り者と呼ばれ、いまのクラスメートは怖がり誰も話しかけてきません。大事なものを失い、理不尽な世界に傷付けられ、それでも拳を出し戦いつづける姿はとにかくカッコイイ。そして忘れてはいけないのが、これは彼の恋愛に関する物語です。
2001年に映画化され注目を集めましたが、そのころにはチマ.チョゴリを着て通学する生徒を見かけることはなくなっていました。この小説は日本に人種差別が存在するというのを強く思い出させてくれます。
『娘に語る人種差別』タハール・ベン・ジェルーン/著 青土社
上記の2冊は小説(フィクション)だったので、最後の1冊は海外における人種差別の歴史、あるいは国内の人種差別を扱う本を選ぼうと考えていました。しかし最終的に手元に残ったのは哲学書に近いこの本でした。
この本は著者が父親として10歳の娘に人種差別について話をするという形式をとっていますが、それは一方的な教えではなく対話として展開していきます。難しい単語や複雑な考え方は出てきません、シンプルな言葉と明確な道筋に沿って議論が進んでいきます。私はこれほど分りやすく人種差別を説明する本を他に知りません。
出版されたのは1998年ですが、22年経ったいまでも違和感なく読めるのは、人種差別の本質が変化していないという事を意味しています。原因も解決方法も明確です、しかし差別はいまだに無くならないというのが人種差別の難しさなのかもしれません。
最後に小説から少しだけ文章を借りようと思います。
“日本から北朝鮮まで、飛行機ならどれぐらいで行けるだろう?二時間?三時間?僕は同じぐらいの時間を使って、韓国には行ける。でも、北朝鮮にはいけない。何がそうさせるのだ?もとを糺せば、韓国だって北朝鮮だって、ただの陸地じゃないか。何が行けなくしてるのだ?深い海か?高い山か?広い空か?人間だ。クソみたいな連中が大地の上に居座り、縄張りを主張して僕を弾き飛ばし、叔父と会えなくしたのだ。信じられるかい?”


