
おはようございます。今日は、高3の武藤平次君、5/15『蛇行する月』9/1『東京百年物語1~3』9/3『東京の空間人類学』に続いての登場です。東京を闊歩する魅力を伝える『お散歩シリーズ』の第3回目です。平次君、連続寄稿、ありがとう!すごいなあ。皆さん、どうぞ、ご覧ください。
『日和下駄』永井荷風/著 講談社文芸文庫
皆さんこんにちは、ご機嫌如何?ヘイジです。『お散歩シリーズ』第三回でございます。
私は昨今の都市開発に対して些かの疑問を呈しています。この間も大正期から存在していて戦禍を奇跡的に逃れた原宿駅舎が廃止され隣に近代的な鉄の四角い駅舎が出来ましたね。カッコ良かったですよ、そりゃ。カッコよかったですけれど何となく寂しいというか余りにも無慈悲というか…東京というのはそういう場所が多すぎる気がするんですよ。都市開発のためにどんどん伝統的な建築物や自然を破壊し、そして立つのは画一致的なマンションやビルばかり。わかるんですよ、だって日本一の都ですもの。伝統、伝統ばかり言ってたらそりゃ住めないってことは重々承知しているのですが、もう少しやり方というものを考えて欲しいものです。
今回はそんな無慈悲に都市開発が進み続ける東京を描いたエッセイを紹介しようと思います。講談社文芸文庫より出版されている永井荷風の『日和下駄』でございます。
永井荷風というのは日本の文豪であります。明治、大正、昭和という激動の時代を生きた文豪です。彼の作る物語は散歩小説と形容してしまっても決して間違いではありません。どの小説を開いても主人公は道を歩いてその眼差しに写った情景を詳らかに描写しています。永井荷風という男は懐古主義者であり厭世的な思想を多分に持っている男であります。彼は就中、江戸時代に対しての憧れが強いようです。時として江戸の街並みを想ったり江戸の芸術を研究したり(浮世絵につよい思い入れがあるようです。『江戸芸術論』(岩波文庫)という本では浮世絵の美しさを解説しています。こちらもまた面白い。現代の東京と江戸とを比較したり。とはいっても保守的で復古的な思想の持ち主でもなかったようです。諸行無常を悟りつつ自らは郷愁の美を感じ続ける一生でした。
『日和下駄』は大正時代の初め頃から連載が始まりました。永井荷風はその直前フランスとアメリカに留学して、その国々で悠々自適に暮らしました。彼の代表作である『あめりか物語』『ふらんす物語』(岩波文庫)はその留学という当時では数限られた人間にしか出来ない経験を踏まえて書き上げました。長く日本を留守にしていた永井荷風は帰国した時に大変驚愕したようです。出国前の東京とは余りにも違いすぎたからでしょう。彼は江戸の頃を思う気持ちが一層強まりました。その強い思いを吐露したのがこの『日和下駄』であります。
『日和下駄』全十一章で構成されています。樹、寺、水、路地、崖、坂等々についてその特色やら思い出についてを自由に書き記しています。それぞれのオブジェクトに対する彼の洞察力は人一倍鋭く前回紹介した『東京の空間人類学』(ちくま学芸文庫)を読んだ後にこの本を読むと東京の何気ない地形に対して何か畏れに似た感情を抱きます。自然はすごいと、実感できるでしょう。
講談社文芸文庫より出版されている『日和下駄』には有難い事に更に永井荷風の随筆が追加されています。『向島』『百花園』『上野』『帝国劇場のオペラ』等々。その土地を更に深く掘り下げ書き記しています。
「今日看て過ぎた寺の門、昨日休んだ路傍の大樹も此次再び来る時には必貸家が製造場になって居るに違いないと思えばそれほど由緒のない建築も又はそれほど年経ぬ樹木とて何とはなく奥床しく又悲しく打仰がれるのである。」
『日和下駄』の一節を引用してみました。本書とともに街へ出よう。『日和下駄』を読んで街に出ると何気ない景色がきっと輝いて見えるはずです!